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not sweet… 9
そして紫音がプロ入りした今年の春、この部屋での4年間の同居生活は解消された。
紫音のチームは、普通のマンションを社宅として借り上げて格安の家賃で選手に使わせているのだが、3年目までは、体調や不規則な試合スケジュール等諸々の管理の為かそこに住まうことが決まりになっていた。
紫音には一緒にそこに住もうと言われたが、遠慮した。社宅として借りているということは、同居人についてもチームに申告が必要だ。もう社会人にもなろうといういい年をした男二人が同居というのは、学生時代とは違い異様だ。
紫音もそれにはしぶしぶ納得して、「この部屋に入り浸ればいっか」なんて言ってたし、俺自身もそんな風に考えていた。
が、その考えは甘かった。
理由は単純。学生時代とは絶対的に自由に使える時間が少ない事と、紫音のチームの練習場所と、俺の職場である学校が遠いせい。
紫音はプロの洗礼の様なハードな練習で連日ヘトヘトだったし、俺も然り。いくら会いたくても平日に電車をいくつか乗り換えて紫音のマンションに行く事は出来なかったし、紫音も同様で、疲れきった声のお休みコールを聞くのが日課になった。
そうして紫音と離れて初めの1ヶ月は週末のみ会った。初めは少し寂しいような感じもしたが、きっとこの先もこのペースなんだろうなと馴れてきた頃に、紫音の国際試合参加が決まり、2ヶ月も離れ離れだった。
俺とは違い、紫音はきっとこの先も全国各地を飛び回るだろうし、必然的に何ヵ月も会えないという事も増えるのだろう。
「仕方ないよな」
仕方ない。一緒に住めないのも、頻繁に会えなくなるのも、仕方ない。そう割りきるしかないのだ。今よりもっと会えなくなるかもとか、それに付随した諸々の不安はあるが、考えていたってしょうがないのだ。
ごちそう様、と食べ終わった食器を下げていると、背後に紫音の気配。後ろから腹に腕が回る。
「ハル先輩、今日は帰り何時?」
「今日は新任の先生の歓迎会があるんだ。だからたぶん遅いよ。日付跨ぐと思う」
「そっか。じゃあ今日は会えないんですね」
顔は見えないけど、しゅんとした紫音の表情を思い出す声色で、抱き締め返したくなった。けれど残念ながら背後から抱かれているので無理だ。
「せっかく紫音が休みなのに、一緒にいられなくて凄く残念」
紫音と違って甘いことを言うのは苦手だけど、せめてもの慰めになればと、自分の気持ちを正直に吐露したら、紫音が腕にぎゅっと力を込めてきた。
普段から素直になれればいいのだが、ついつい恥ずかしさが勝ってつっけんどんになってしまう俺は、紫音から見たら可愛くない奴だろうなと思う。
「そろそろ行かないと…」
いつまでも紫音の温もりに浸っていたいけど、時間は待ってはくれない。
「ですね」
紫音の腕が解かれて、身体が離れていく。
寂しいな…。
そう思って振り返ると、紫音に頭を撫でられる。
「仕事、頑張ってくださいね」
「うん。……食器は、そのままでいいから」
「はい。行ってらっしゃい」
紫音に見送られ、玄関まで歩いて、靴も履いた所で堪らず振り返る。
「紫音…」
「どうしました?」
「……次は、いつ会える…?」
素直じゃない俺は、こんなことさえ簡単に聞けない。でも、どうしても聞いておきたかった。会えない2ヶ月間は、思っていた以上に寂しかった。
「明日今月の予定見たら、すぐ連絡します」
紫音がニッコリ笑って、さっきみたいに頭を撫でてくれた。
なんだか子供扱いされてるみたいで凄く恥ずかしい。
「わかった。じゃあ行ってくる」
恥ずかしいから、ぶっきらぼうにその手を払って今度こそ真っ直ぐ玄関を出た。後ろで紫音が行ってらっしゃいとまた言ってくれたのが、こそばゆかった。
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