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not sweet… 11
今日はテストだから、授業はない。持ち回りでテストの監督をしに行く時間と、自分の担当している英語のテストの時間以外は、日頃おろそかになりがちな事務作業に時間を割けるので助かる。
テスト期間の3日間は、生徒は午前のみで帰宅するし当然部活も休みだ。
事務作業や、テストの答え合わせをしている内にあっという間に定時も過ぎていた事に、職員室のざわめきを聞いて気づく。
「椎名先生も、切りがよければそろそろ行きましょう」
「あ、はい」
同期の数学教師高宮先生に声をかけられ、回収した答案用紙を鍵のかかる引き出しにしまう。黙々と作業をしていたおかげか、朝よりは大分マシな声が出るようになっていた。
この季節外れの時期にやって来たのは保健室の若い女の養護教諭で、男子校であり若い女教師もいないこの学校では生徒のみならず教師も多くがこの養護教諭の前では鼻の下を伸ばしている。
時期外れに養護教諭が入れ替わった理由は、前の養護教諭が、生徒といかがわしい関係を持った事が噂になり、しかもそれがただの噂でなく事実であった為だ。問題が学外にも出る前に校長や教頭が退職する様道筋をつけたのだ。
そんな事があったばかりなのに、また若い女の先生を採用したのはどういう訳だろうと疑問にも思うのだが、校長・教頭や人事を担当する職員の好みなのかもしれない。
歓迎会の会場は広い個室のある居酒屋だ。上座から校長、教頭、主任、そして主役の養護教員が座るので、殆ど新人の俺と高宮先生は入り口近くの席に座り、若い先生方と気楽に酒を飲み交わした。
2次会の店も同じ様な感じの所だった。ただ少し薄暗くなって、目の前に置かれる物が唐揚げや焼き鳥だったのがナッツや菓子の盛り合わせに代わっただけだ。若い先生は実質強制参加なので、自分の周囲に座る面子は大きく変わらないが、年配のお偉い先生方は1次会で帰る人も多いので人数は半数程に減った。
その事で同期やそれに近い人たちは少し気が緩んだ様で饒舌になったが、俺は違った。人数が減ると志垣先生との距離が縮まるからだ。
気にしすぎと自分でも思うが、自分の言動や行動全てをチェックされてその全てにおいて注意される様な気がするので、下手に喋りたくない。
「そういえば聞きましたよ、椎名先生」
少し呂律の怪しい高宮先生に突然背中を叩かれる。
「っけほ…聞いたって、何をですか?」
結構な勢いで叩かれたので、ちょうど傾けていたジントニックが気管に入りそうになって少し焦った。
「先生、バスケの腕前プロ級なんですって」
「へー!そうなんですか?」
「何でもプロのスカウト蹴ったとか。その見た目でバスケプロ級、仕事も卒なくこなせるって、万能すぎません?」
どこからそんな事を知ったのか、他の先生方も交えて盛り上り始めてしまった。
「俺より運動できるんじゃないですか?」
高宮先生にこう同調したのは3年先輩の体育教師津田先生だ。
「私はバスケしかできませんから…」
「いやいや、それにしても椎名先生は完璧すぎる!欠点とかないんですか?」
「え…」
「よし、今日は椎名先生の悪い所を見つけましょう!」
「いや、ちょっと…」
「まぁまぁ、酒飲んでゲロっちゃってくださいよ」
高宮・津田先生を始めとして、先輩の先生方にも絡まれ、勧められるがままに酒を飲んだ。
変なことになってしまったなとは思っても、体育会系気質が根深く染み付いているせいか、上から言われれば断れない。
「椎名先生ザル?飲ませてるこっちが先に潰されそうなんだけど」
顔を真っ赤にさせた津田先生が口を尖らせている。
「そんなことないです。結構回ってますよ」
母親の血のおかげか、一般的なアジア人よりはアルコールを分解する速度は早いし、顔が赤くなったりはしないが、それでも全くのザルという訳ではなく、顔色が変わらないだけで酩酊はする。今だって頭が少しぼーっとしている。
「あれぇ?で、何で椎名先生に酒飲ましてるんだっけ?」
「津田先生、あれですよ。椎名先生に女性関係の話を聞くためですよ。で、どうなんですか、椎名先生」
高宮先生がさっきよりももっと呂律の回らない口で答えた。そんな話だったっけ?と思ったが、面倒なので当然訂正なんてしない。
「女性関係って、特に何もないです。彼女もいないですし」
「嘘でしょう!椎名先生みたいな人に、彼女いない筈ない」
「本当にいませんよ」
「あ、わかりました!沢山いすぎて彼女認定してないとか?」
高宮先生は酔いすぎだと思う。そんな事を会社の飲み会の席で言うなんて。でも、自分がそんな風に思われているのは癪なので「そんな筈ない」と一応否定した。
「だって、こんないい男、女性が放っておかないでしょう。ねえ、松嶋先生」
懲りない高宮先生は、途中からこちらの会話に参加していた新任の養護教諭松嶋先生に話を振った。
「はい。とっても素敵だと思います。……けど」
「「「けど?」」」
養護教諭松嶋先生の否定語に、津田先生達が一斉に食い付く。本当に俺の粗探しをしたいらしい。
「なんていうか、椎名先生は見た目が綺麗すぎて、女としては気後れしちゃいます。私は、もう少し武骨でワイルドな男性と並んで歩きたいかなーって」
「えー!松嶋先生、本当ですか!?俺なんか結構ワイルドって言われますけど」
「俺も、髭が似合いそうってよく言われるんですよ!」
勝手に松嶋先生に対する噛ませ犬みたいにさせられてしまった気がしたが、それで一番絡んできていた高宮先生や津田先生のターゲットが松嶋先生に変わったのは有り難い。ムードメーカー二人の視線が松嶋先生に向いたことで、自然と他の先生達もそちらの話に寄った。松嶋先生も自称ワイルド二人に挟まれて満更でもなさそうだ。
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