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not sweet… 12
「椎名先生、何か頼みますか?」
席まで移動した高宮先生達に追いやられて隣の席に移動して来たらしい中谷先生がメニューを差し出してくれた。
「いえ。飲み過ぎたみたいなので、少し休憩します」
いくらアルコールに弱くなくても、自分のペースを乱されれば必要以上に酔いが回る。普段はほろ酔い程度に止めているのに、今は足元までふらつきそうだ。
「椎名先生顔色全然変わらないけど、酔ってるんですか?」
「結構きてます」
「じゃあ、ソフトドリンク飲んだ方がいいですよ。ウーロン茶でいいですか?」
「すみません。ありがとうございます」
中谷先生は1年先輩の国語教師で、いつもニコニコ笑っている穏やかな人だ。年齢も近いのだが、いつも笑ってる分本心が見えず、その笑顔の下で何を考えているのだろうと実は少し苦手意識があったのだが、こうして話してみるといい人そうだ。
「実は私も、椎名先生の学生時代の活躍は知ってたんですよ」
「え?そうなんですか」
「私も中・高は少しバスケかじってましてね。確か青木選手と一緒に千葉の高校に行ったんですもんね」
「よくご存知ですね」
「関東でバスケやってれば、椎名と青木の名前は一度は耳にしますよ」
「そうですかね…」
「二人とも目立ちますし、変な噂もありましたしね」
「変な噂…?」
何だろうか。
まさかあの事…?と一瞬背中を嫌な汗が伝った気がしたが、あれを知っているのはごく限られた信頼できる人達だけだ。漏れる筈はない。
「あーいや、そんなに真剣にならなくても、笑い話ですよ?でもなんか結構信じてる人達もいたりして」
「何ですか?」
「本当にくだらないんですけど、二人がデキてるって噂ですよ。バカらしいですよね、男同士なのに」
「………」
中谷先生と一緒になってこの話を笑い飛ばさなきゃいけない。そう頭の片隅では分かっているのに、俺の表情筋も、思考も停止してしまった。そんなの、噂にされてるなんて全然知らなかった……。
「椎名先生、ごめんなさい。気を悪くしてしまいましたか?」
「…あ、いえ。ちょっと驚いてしまって…」
「そうですよね。驚きますよねぇ」
中谷先生は変わらずニコニコしていて、特に俺の反応を気にしてはいない様だ。
「でも、二人とも浮世離れした美形だから、そんな下世話な話も信憑性があったりしたんですよ」
「…そうですか」
こういう時、どう反応するのが普通なのだろう。当然認めるなんて事できないから、誤魔化す方向で。笑えばいいのか怒ればいいのか、どういう反応だとしても胡散臭く見えそうな気がして、黙りこむ事しかできなかった。
そんな中谷先生とのやり取りで酔いは一気に冷めたような気がしていたが、2次会もお開きになって席を立った時、まだ少し足元がフワフワしていた。自分が思っていた以上に酒に飲まれていたらしい。
高宮先生達は、松嶋先生を囲った何人かでこれからカラオケに行くと言っていた。声をかけられたが、明日部活があるからというのを免罪符に断った。
「椎名先生、電車ですか?」
「はい」
まだ終電には間に合いそうだ。同様に3次会は断ったらしい中谷先生も電車なのか、並んで歩く。
最寄り駅を聞かれて答えると、中谷先生も同じ路線の二つ先の駅だったらしく、一緒に電車に揺られる事になった。
そこそこ混み合っている電車に乗っていると、今朝の出来事を思い出してしまい、中谷先生がいてよかったなと隣に視線を向けた。ちょうどこちらを見ていた中谷先生と目が合って、ニッコリ微笑まれる。
「なんか椎名先生って不思議ですね」
隣の吊革に掴まっていた中谷先生が何の脈絡もなくそう言った。電車に乗り込んでからはなんとなく二人とも口を噤んでいたのだが、他の乗客が皆それぞれが眠っていたり音楽を聞いていたり、はたまた酔っぱらい同士で大きな声で話していたりと個々の世界に入っていて、他人の話に聞き耳を立てるような雰囲気でない事が分かったからかもしれない。
「不思議…ですか?」
「だってバスケやってる時はあんなに格好良くって頼もしくも見えるのに、こうして普段の姿を見るとどこか頼りなくて、庇護欲をそそられるんですよね。ギャップって言うんですか?さっき松嶋先生はあんな事言ってましたけど、モテるんだろうなぁ」
中谷先生は相変わらずの笑顔でそう言った。褒められているのか貶されているのか。でも、悪気のない中谷先生の表情からするとたぶん褒めてくれているのだろう。
「そんなにモテないですよ」
彼女がいないのは紫音がいるから当然だとして、それを差し引いても言われる程モテてない。中学までは女の子から告白されることもしばしばあったが、高校は男子校だったし、大学に入ってからも紫音といることが多かったせいか遠巻きに騒がれる事はあっても、直接どうこうというのはほぼなかった。
ずっとモテているのは、紫音だ。それこそ中学の頃から変わっていない。紫音は俺に見せない様に気を遣ってくれていたみたいだけど、それでも何度か告白されている様な場面に出会したことがある。その度に浅ましい嫉妬心が沸き上がるのが凄く嫌だったのを覚えている。
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