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not sweet… 13

「男性はどうですか?」 「はい?」 学生の頃に思いを馳せていた為、中谷先生が何を言っているのか一瞬分からなかった。 「椎名先生なら、女性だけじゃなく男性にもモテるんじゃありません?」 「……」 「やっぱり、男性からもアプローチ受けたことあるんだ」 否定も肯定もしてないのに、何故断定になるのだろう。俺の態度が分かり易すぎるのだろうか。 「あの噂、実は私もちょっと信じてたクチでして。本人と近くで接してたら、ますますあるんじゃないかって思えてきましたよ。実際どうなんですかねえ?」 中谷先生は変わらぬ表情でとんでもないことを聞いてきた。笑っているがその視線は答えを聞くまでは逸らさないと強い意思を持っている様に思えた。 きっと中谷先生はずっとそれが聞きたかったに違いない。この人は、表情で言葉を誤魔化す術を知っているのだろう。人のよさそうな笑顔で警戒心を解かせておいて、その隙にグイグイ人の内部を踏み荒らす。 「そんな事ありません」 いつまでも絶句していられないので、否定の言葉を発した。 自分の事よりも、紫音にとってこんな噂は良くないと思った。紫音はこれから活躍するであろうプロのアスリートなのだ。それが例え真実でも、イメージを悪くするような噂を肯定することなんてできない。 そこまで考えて、胸の奥がきゅっと締め付けられた。自分の存在は、プロ選手としての紫音には邪魔でしかないのだ――。 「椎名先生どうかしました?」 中谷先生の声に無意識に俯いていた顔を上げる。こんな会話の途中で考え込んだら、変に思われるじゃないか。 「何でもないです。少し電車に酔ったのかもしれません」 「酒も入ってますしね」 中谷先生お得意のポーカーフェイスはそっとしておいて欲しい今は有り難い。その奥で本当は何を考えていようとも、気にしなければ問題ない。この人とは表面上の付き合いに留めておいた方がよさそうだ。それならば何の害もない。 俺の警戒心を察したのか否か、紫音との事はあれ以上聞かれず、駅に着くまでぽつりぽつりと当たり障りのない会話をした。 俺が酔っているなんて言ったからか、降りる直前に「送りましょうか」と聞かれて驚いた。察して距離を置いてくれたのかと思いきや、唐突に間合いを縮めてくるなんて、本当に読めない人だ。自他共に認める鈍感な俺にはこの人の考えが全くわからない。 中谷先生の提案は当然ながら丁重に断って、一人で家路に着いた。 部屋は暗くて、玄関に自分以外の靴もなくて、分かってはいたけど紫音がもういないことに少しがっかりした。 ポケットから携帯を取り出すと、メールを打ち込む。 駅から部屋に戻る道すがら、紫音から着信とメールが2件着ていた事は確認済みだった。 着信は23時半。 メールは18時に『今度映画行きたいです』 0時に『家に着いたら連絡下さい』 中谷先生のせいだろうか。無性に紫音の声が聞きたかったが、もう時刻は1時だ。紫音は寝てるだろう。そう思ってメールを送る事にしたのだ。 『今帰った。おやすみ』と文字を打って送信する。 ネクタイを外して背広を脱いだ所で携帯が振動した。この長さは着信だ。 着替える手を止めて携帯を手にすると紫音からだった。起こしてしまっただろうか。

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