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not sweet…14

「紫音?」 『ハル先輩、おかえり』 「ただいま。悪い、起こした?」 『起きてました』 「そっか。今日は何してたんだ?」 『取り合えず昼まで二度寝して、一人で街ブラブラしてました』 「服見たり?」 『そうそう。あと、時間持て余しちゃったから、一人で映画見ましたよ』 「へー。面白かった?」 『映画はまあまあでしたけど、やっぱ一人は寂しいですね』 「あー、それで」 18時の突然の映画見にいきたいというメールは、そういう意味だったのか。 『今日はアクション見たんですけど、ハル先輩とは恋愛物が見たいな』 「おかしいだろ。男同士で」 『そんな事全然ないですよ。前コテコテなやつ見に行った事あるじゃないですか』 そう言えばそうだ。学生時代、お涙頂戴物のラブストーリーを紫音と見に行った事があった。あの頃は別に何とも思わなかったのだが…やはり中谷先生の言っていた事が気になってるんだろう。 『何かありましたか?』 「いや…別に」 『ハル先輩』 紫音の静かな声が、ちゃんと話せと言っている。紫音は俺の変化に敏感だ。もう二度と前みたいな事にはなりたくないと言って、自分でも気付かない様な些細な変化まで紫音には気づかれてしまう。 「いや、あのさ…」 『はい』 「………」 紫音の無言の圧力が怖い。電話なのだから、相手の表情も見えないし、無言はただの無言なのだが、隠し事なんか許さないと暗に言われている様な気がする。 「同僚の先生の一人が、学生時代の俺と紫音の事知ってて…」 『まあ、知ってる人はいると思いますよ。無名高をインハイに連れていったんだから』 「うん。それはいいんだけど。………その、当時俺たちが付き合ってるって噂があったらしくて、どうなんだって聞かれて…」 『そうなんですか?ちょっとイチャイチャしすぎたかな?』 思いきって言った割に、紫音の反応はあっけらかんとしていた。 「気にならないのか?」 『別にー。だって事実ですし。で、ハル先輩なんて答えたんですか?』 「そんな事ないって」 『えー。そっかあ。まあ、そうですよね。でもなんかちょっと落ち込みます』 「だって本当の事言えないだろ!」 『分かってますよ。でも何でそいつそんな事聞くんですかね?普通本人に聞きます?』 「確かにそうだけど、好奇心じゃないか?」 『ハル先輩に対する?』 「俺に対するっていうか、その噂」 『そうですかね?』 紫音の声色が訝しむそれに変わる。 「…何が言いたいんだよ」 『俺は、そいつハル先輩に興味があるんだと思いますけど』 「何でもそういうのに持っていくなよ」 『だって俺、ヤキモチ妬きの心配性ですから』 「開き直るな」 『はあー。俺、ハル先輩と付き合ってる間ずーっとこうなんだろうな』 「何だよ、それ。俺のせい?」 『そうですよ。ハル先輩が危なっかしいから』 心外だ。手を出された訳でも何でもないのに。ただ紫音が話せって言ったから事実を話しただけなのに。 「勝手に妬いといて人のせいにするな」 『あれ?ハル先輩怒った?』 存外ムッとした口調になった。紫音が俺を必要以上に心配する理由はわかる。それに、あれ以降も俺は残念ながら中谷先生の言う通り男からちょっかいをかけられる事があって、そのせいでも散々紫音にはヤキモキさせてしまった。 男好きする何かを発しているらしい自分が嫌いだ。紫音にそういう心配をされる度に、そんな自分に直面させられて嫌気が差す。それは自分のトラウマにも直結するものだから。 ああ、でもこれ完全に八つ当たりだな…。 紫音の心配性を受け流せないのは、全部自分が招いた事のせいだっていうのに。 『ごめん!冗談ですよ!あ、その同僚の事は冗談じゃないけど…』 俺が黙ってるのをどう受け取ったのか、紫音は少し慌てていた。 「もういい」 『拗ねないでくださいよー』 「別に拗ねてない」 素直にむっとして悪かったって軽く言えば済むのに、自分は本当に可愛くない奴だと思う。 こうなると自分でもどうやって普段の自分に戻ればいいのか分からなくなってしまう。だから、いつもその場を取り成すのは紫音頼みだ。 『じゃーもうこの話はお終いにしますか。ハル先輩明日は?部活?』 「…うん」 『俺は午前中練習。で、午後から確かファンイベントあるんです』 「帰ってきたばっかなのに忙しいな」 『新人ですから仕方ないです』 「そっか。……そろそろ寝る?」 『もう1時半か…。寝ますか』 「うん」 『おやすみなさい。ハル先輩、大好きですよ』 「う…ん。おやすみ」 『おやすみなさい』 携帯を切って、出てきたのはため息だ。 紫音はできた人間だ。俺が勝手に不機嫌になったのに全く腹も立てず、それどころか下手に出て機嫌まで取ってくれる。 なのに、自分はいつからこんな風になったんだろう。付き合いたての頃は紫音に何を言われても、一緒にいられるだけで幸せだと感じていて、もっと素直だった気がする。 今だって紫音を好きな気持ちは変わらないし、幸せだって感じているのに、どうしてこうも素直になれないのだろう。 部屋着に着替えてベッドに潜り込んだが、紫音と自分のやり取りを反芻して自己嫌悪に陥り、眠いのになかなか寝付けなかった。

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