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My dear… 1

どんなに好きな事でも、それを職業にし、それで金を稼ぐというのは、一言では言い表せない苦労がある。 10月からリーグ戦が始まると、これまで以上に忙しくなった。毎週土日は必ず試合が入っていて、その内の半分がアウェー戦なので、移動時間もバカにならない。 これまで月3~4回はどうにかハル先輩に会えていたのに、10月になってからはまだ1回も会えていない。もう11月に入った。1ヶ月以上会っていない。 それにはリーグ戦が始まった事と、あとひとつ理由があるのだが…。 ああ、ハル先輩の柔らかで繊細な髪に触れたい。しっとりとして、どこまでも白い肌の感触を味わいたい。 「おい紫音。シケた顔してるな」 練習終了後、着替えを済ませて帰る所を大柄なセンターの豊田さんに捕まった。 「放っといて下さいよ」 「何だとこの…」 「っわ…ちょ…っギブギブ!!」 豊田さんお得意のチョークスリーパーを首にキめられて、回された太い腕を叩いた。これでも手加減してるつもりらしいが、バカ力のこの人の手加減はあてにならない。 「それで?どうした?優しい先輩が聞いてやるぞ」 「強制じゃないすか…。まあいいや。1ヶ月も恋人に会えてないんですよ」 「ほお。欲求不満か」 「変な意味ばっかりじゃないですよ?でも、まあそうですね。癒しが足りないんです。あー癒されたい!」 ハル先輩の笑顔が見たい。ちょっと怒った顔でもいい。恥ずかしそうに俯く顔も、はにかんだ顔もいい。責められて、涙ぐむ赤い目元なんかも、もう最高に… 「紫音の彼女、可愛いのか?」 妄想のハル先輩が、豊田さんの野太い声で消し飛ぶ。あー、くそ。 「もう、めちゃくちゃ可愛いですよ!癒し系だし」 「ふーん。まあ、お前の彼女になる子なら可愛いだろうな。癒し系って、優しいって事か?」 「そうですねー。優しいばっかりじゃないですけど根は優しくて、素直じゃなくて、たまに冷たくて、それでも可愛い所に癒されます」 「なんだお前ベタ惚れだな。ファンの子が悲しむぞ」 「…知らねーっす」 「そんな事言ってるとオーナーに叱られるぞ」 ぶすっと言っい放った俺に対して豊田さんは呆れた口調だ。 俺だって分かってる。ファンは大事だ。俺や他のチームメイトがバスケで飯を食えているのも、彼女ら彼らのお陰だ。ファンなしにはこの商売は成り立たない。 分かっているのだが………。 俺の所属するサンフィールズの試合は、リーグ戦初日から異例の満席だった。観客席の多くを占めていたのは女の子達で、どうも学生時代から俺を応援してくれていた子達の様だった。 まるでどごぞのアイドルのコンサート会場の様な異様な雰囲気ではあったのだが、チームの運営会社のトップやスポンサーを初めとした上層部やバスケ協会のお偉方は、俺を客寄せパンダとして利用する事に決めたらしい。 そこでまず初めに下された命令は、『恋人を作るな。いるなら別れるか完璧に隠せ』という公私混同も甚だしい内容。開いた口が塞がらないとはまさにそれを言われたときに相応しい言葉だったが、首脳陣は本気でそれを言っていた。 「これで日本バスケ界も日の目を浴びる」「日本中のバスケ選手の未来が、そしてバスケ少年達の夢が 全てがキミにかかっている」なんて大層な事を言われ続けてある種洗脳されたのか、少し責任感が芽生えてしまった。そうして先のとんでもない約束を認めてしまったのだ。 その時の俺は、その約束を楽観視していた。だからこそ迂闊に了承してしまった。 元々あけっぴろにお付きあいすることをハル先輩は拒んでいたので、隠す事くらい造作もない。寧ろこれまでと変わらない。そう思っていたのに、その制約は日を追うごとに増えて、俺のプライベートを縛り付けた。 まず、相手を試合会場には連れて来るな。 そして、夜間会いに行くの、来るの禁止。 日中のデート禁止。相手の家にも1時間以上滞在せず、尚且つ1ヶ月に1回以上の訪問禁止。 そこまで制約を増やされた時はさすがに抗議した。 だが、チームのマネージャーの返答は「スキャンダル対策」というものだった。 なんでも一介のマイナースポーツ選手である筈の俺に週刊紙の記者が張りついているらしかった。 「そんなの有り得ない」と言いたかったが、1度テレビの取材が来てからというもの、観客は会場に入りきれない程に増え、『注目のイケメンバスケ選手』なんて特集も組まれるなど、バスケに興味のない層にまで俺の姿は知られる事となっていたのだ。全くない話ではなかった。 ハル先輩はプロになるのを辞めてよかったのかもしれないとこの時初めて思った。元々繊細で、尚且つ過去の事を引き摺っているハル先輩には、この扱いは耐えられなかっただろうから。 ハル先輩、会いたい……。

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