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My dear… 2
「写真とかないのか?」
「はい?」
写真?あ、ハル先輩の写真か。当然ハル先輩の写真は多くはないが携帯に入っている。でもなんとなく豊田さんに見せたくはない。豊田さんって、ハル先輩と真逆の人だな。でかくて黒くてごつくて肌も硬そうだし、とても同じ性別とは思えな……。
「あ!」
「なんだ、あるのか?」
「そうだ!」
ハル先輩は男だ。あんなに白くてすべすべでいい匂いでも、女の子じゃない。男だ。
世間一般的には、男の恋人は女だ。「彼女」だ。つまり、ハル先輩と一緒にいたって、普通は恋人とは思わないって事だ!スキャンダルにだってなり得ない。
あー。俺はなんでこんな単純な事にこれまで気づかなかったんだ。
勿論ハル先輩を女の子だと思ってた訳ではない。男だと知ってるし、だからこそ好きだ。いや、男が好きという訳ではなく、ハル先輩をハル先輩たらしめている全てが好きなのだ。
「豊田さん!」
「な、なんだよお前。変だぞ」
「ありがとう!」
若干どころかかなり引き気味の豊田さんの腕をとって握手をしたら、スキップしたくなる所をどうにか抑えてロッカーを後にした。
練習場所となっている体育館を出ると、いつも出待ちをしているファンに出くわす。差し出されるプレゼントを受け取って、営業スマイルで適当にあしらって足早にマンションへと向かった。
このマンションは練習場所から近いのはいいが、出待ちの子達にバレそうなのでいつも適当に撒いてから部屋に戻っている。なんとも無駄な時間だ。
そんなこんなでようやく部屋に戻ると早速ハル先輩に電話をかけた。
が、コール音が鳴るばかりで愛しい声は聞こえてこない。
今日は金曜日。時刻は20時。
まだ部活中かな。それとも真面目なハル先輩だから残業中かもしれない。
明日が試合でなければ、電車に乗り込んでハル先輩のマンションまで行ったのに。
早く話したくて落ち着かない。
夕食を食べていても、テレビを見ていても携帯片手に上の空だ。
ようやく折り返しの着信があったのは20時半だった。俺が電話してから30分しか経っていないのに、やけに長く感じた。
「ハル先輩お疲れー!」
『お疲れ。やけに元気だな』
「へへ。ちょっとね。ハル先輩は今帰った所?」
『うん』
「遅かったですね。残業?」
『いや。部活で個人指導頼まれて、ついな』
つい、指導に熱が入ってこんな時間になってしまったのだろう。
昔からハル先輩は、3ポイントのコツとか、ドリブル捌きとか、後輩にねだられれば何でも嫌な顔ひとつせずに懇切丁寧に教えてくれる面倒見のいい先輩だった。自分が努力して会得した方法だろうと全く出し惜しみせず、それにより上達する後輩達を見て本当に嬉しそうに笑っていたっけ。
そう思えば、教師という職業はハル先輩にぴったり合っているのかもしれない。
これまで俺は、ハル先輩とバスケをしたいという気持ちが強すぎて、どうやって来期のトライアウトを受けさせプロに引き込もうか等と企んでいた。が、リーグ戦が始まり自分がバスケで金を稼ぐ事の大変さを知ってからは、ハル先輩の選択は正しかったのだと思わない事もない。ハル先輩がプロになりたいと言うのなら話は別だし、プロ選手という同じ職業に就いてずっと一緒にいたいという本心も変わってはいないが。
「インハイ残念でしたもんね」
『ウィンターカップで雪辱を果たすって、部員みんな必死でさ』
ハル先輩の嬉しさを滲ませた様な苦笑の顔が目に浮かぶ様だ。
ハル先輩の勤務する静山高校は、今年のインターハイ予選の準決勝で惜しくも敗れ、インターハイ出場を逃していた。ハル先輩は、自分が選手として試合に出ていた時同様に悔しがっていて、ハル先輩にはハル先輩の世界があるんだなぁと少し寂しさも感じた。バスケという分野は同じでも、全然違う物を見ているのだろうなと。
「でもハル先輩さすがですよね。弱小校を準決勝まで連れていくなんて」
『いや、俺の力っていうよりも、黒野のお陰かな』
「誰?」
『言ってなかったっけ?凄いスタープレーヤーが今年から入ったんだ』
「黒野…?」
今年からということは、去年までは中学生ということか?インターハイ、インターカレッジは一応チェックしているが、全中までは見ていない。
でもそんな事より何より気になるのは…。
「その黒野って奴、なんでわざわざ静山に?」
『あ…』
ハル先輩が何かを言い淀んだ。その後の沈黙に不自然な物を感じて、俺の中で警鐘が鳴る。何かを隠しているぞと。
いくら恋人でも多少の隠し事くらいさせてやれよと自分に言いたくなる事もあるのだが、どうにも抑えられない。
これはたぶん後天的に作られた要素だ。元々嫉妬深いので、何もなくてもこうなった可能性はあるが、やはりその一因となっているのは、ハル先輩が凌辱され続けていたあの事件だろうと思うのだ。
あの頃の俺はハル先輩の側にいたのに、おかしな勘違いばかりをして、まるで臭いものに蓋をする様にハル先輩の闇を見ようとしなかった。一時の幸せな時間を失うのが怖くて、踏み込めなかったのだ。
もう二度とあの過ちは繰り返したくない。俺の知らない所でハル先輩が苦しんでいたらと思うと、ゾッとするのだ。
こう言うのを束縛と言うのだろう。きっとハル先輩だってウンザリしてる。でも、この衝動はどうしようもないのだ。
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