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My dear… 3

「どうしました?」 殊更優しい口調だが、詰め寄る様に。相当嫌な恋人だろうとは思う。でも、ちゃんと聞き出すまで話を変えるつもりはない。 『……あのさ、言った方がいい?』 「聞きたいです」 『紫音が心配する様な事じゃないけど』 「それは俺が決めます」 『信用ないな、俺』 「ハル先輩の事は信じてますよ。俺が警戒してるのは、周囲の人間」 ハル先輩は浮気なんて絶対しないと思う。それは、ハル先輩の気持ちを信じているというのもあるし、他にも理由はある。 『変に勘繰るなよ?……俺のバスケのファンだったんだって』 「ファン!?」 ファンと聞いて俺の脳裏に浮かんだのは、試合会場に来てくれるファン達の姿だ。 スポーツ観戦には似つかわしくないフリフリの服や、露出過多な服に身を包みバッチリ化粧を施した目で熱くこちらを見つめて来る。学生時代の様に冷たくあしらうことは当然できなくて、作り笑顔で会釈すると、とたん黄色い歓声をあげる女達。 あの子たちの多くは、あわよくば俺に近づきたいと思っているのだろう。競うように着飾っているし、我先にとプレゼントを差し出してくる。その内の殆どに携帯番号が書かれたメモが同封されているのだから。変な話、いきなりホテルに誘ったとしても半数くらいはついてくるのではないかとさえ思う。 「それって、どういう…」 『だから、バスケプレーヤーの俺のファン。俺のプレースタイルが好きだったんだって』 「バスケだけ?」 聞くと電話口からはため息が漏れる。だから言いたくなかったんだと暗に言っている様な。 『決まってるだろ』 本当にバスケだけだろうか。 学生時代人気のあったハル先輩だ。そりゃあファンがいたっておかしくはない。でも、憧れの選手が顧問をしているってだけでわざわざ弱小チームに入部するか?もしもバスケで飯を食っていきたいと思っているのなら、インターハイに出場することがどれだけ重要か分かっている筈だ。トライアウト等、スカウトの他にもプロチームや実業団に入る道はあるが、スタープレーヤーと言われるプレーヤーがまず狙うのはスカウトなのではないだろうか。 『もういいだろ、この話』 「はい。話してくれてありがとございます」 本音ではもっと突っ込みたかったし、『黒野』の事ももっと知りたかった。 実は俺は教師以上に生徒の方を警戒している。 高校生くらいの年齢の男子って言うのは、サルみたいに「そっち」の方向の事しか考えていない物だ。しかも、大人の様な責任も制約もない分、そして挫折も失敗も少ない分大胆で怖いもの知らずで、ある意味大人より質が悪い。「黒野」という人物は俺の中のブラックリストに間違いなく名前を刻んだ。 それでもあっさり追求をやめたのは、今日はハル先輩の機嫌をこれ以上損ねたくなかったからだ。 俺たちは人目もカメラの目も気にしないで会えるんだってことがわかったんだから。 「ハル先輩明日は部活ですもんね?」 『ああ』 「明後日は?」 『休みだけど』 「じゃあ、俺の試合見に来ません?」 『え……。でも、俺チケットとか持ってないし…』 「そんなのいらないですよ!関係者席で観てください。で、試合の後デートしましょう!」 『なんで………』 ハル先輩はぽつりとそう言ったきり黙った。 その反応は、俺の予想してたのとは随分違っていて幾分がっかりした。もっと喜んでくれると思っていたのに。 「ハル先輩、あんまり嬉しくない?」 『いや、嬉しいよ。明後日観に行く』 「本当ですか!」 『うん』 俺はつくづく単純な奴だ。ハル先輩が来てくれる事がわかった途端、さっき感じたがっかり感も、少しの不服も綺麗さっぱりぬぐい去られた。 「デートも?」 『うん』 「やった!」 明後日ハル先輩の顔が見れる。デートもできる。こんな器械越しじゃない声も聴けて、肌にも髪にも触れられる。 「俺、絶対活躍しますから!」 『期待してる』 好きな人に格好いい所を見せたい。これは男なら誰でも持っている思いだろう。 俺だって例に漏れず。 大好きな人がいつも隣にいてくれたからこそ、自分はここまでになれたのだと思う。ハル先輩には絶対に負けたくなかったし、どんな時でも頼れる男だと思われたかったから。 「あ、そうだ」 『何?』 「ハル先輩、帽子と…眼鏡かなんかあります?」 『帽子と眼鏡?あるけど、なんで?』 「ハル先輩、あんまり騒がれるの嫌でしょ?会場のお客さん、結構学生時代からの子達も多くて。ハル先輩の事もたぶん知ってると思うから」 たぶんじゃなく、ほぼ確実に。 ハル先輩の日本人の中にいたら特殊な髪の色と目の色は、一度見たら忘れない。その上プロになると目される程の腕もあったのだ。俺の熱心なファンならばハル先輩の事もどこかで目にしている筈だ。 『わかった。帽子被ってく』 「眼鏡もね」 『すげー変なのしかないけど』 「いいよ、それで」 『…笑うなよ?』 「笑いませんって」 変な眼鏡ってどんなのだろう。まさか鼻眼鏡ではないだろうし、そうじゃないならハル先輩ならどんな眼鏡でも似合うと思う。そう言えばハル先輩の眼鏡姿って見たことなかったな。 ノンフレームとか、銀縁とかだったりしたら、知的で冷たい雰囲気が増して、なんかエロそう…。 黒縁とかでも普通にお洒落な雰囲気になるか、ちょっとドジっぽい真面目っ子に見えそうだし、絶対可愛い。 やばい。早く見たい。 それをそのままハル先輩に伝えたら、「本当に変だから」という返事ばかりが返ってくる。が、ハル先輩は元々自己評価が低すぎる所があるので、いい意味でそれはあてにならない。 そんなこんなで高いテンションのまま試合開始時間と関係者入り口等を伝えて、名残惜しかったが通話を切った。ハル先輩がシャワーを浴びたがったからだ。 明後日が楽しみ過ぎる。 デートは何をしようか。 食事して、映画を観てもいいが…そんな時間も惜しいくらい早くハル先輩を抱きたいと言うのが本音。 でも、即物的すぎるか。以前2ヶ月間会えなかった時はそんなこと言っていられないくらい余裕がなかったけど、今回はまだ自制が効きそうだ。 食事の後は何がしたいかハル先輩の希望を聞いてみよう。久々のデートだ。ハル先輩の満たされた笑顔が沢山見たい。

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