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My dear… 4
日曜日―――。
試合会場入り15分前。スタッフに連れられてロッカールームに顔を出したその姿を見て、一瞬「あいつ一体誰の知り合いだ?」と思ってしまった。ここで強調したいのは、あくまでも一瞬だけであるということ。その一瞬の後の次の瞬間には、所々露出している透き通る様な真っ白い肌に誰であるか気付いた。
「ハル先輩!」
不安そうに佇んでいたその人は、ニット帽、マスク、そしてどこで見つけてきたんだ?と聞きたくなるような古くさい真ん丸のアルミフレームっぽい眼鏡をかけていた。
髪の毛は全部帽子の中に仕舞われているし、あまりにダサい眼鏡のフレームのお陰でその奥の翡翠の瞳には目が向かない。そして、整った目鼻立ちは仕上げのマスクで見事に隠されている。
そう、一見、完全に怪しい男なのだ。
「紫音の知り合い?」
隣のロッカーの豊田さんが訝しんだ小声で聞いてくる。
「俺が招待した人です」
早く不安そうなハル先輩の元に行きたかったので、豊田さんには背中を向けて返事をした。俺の目には怪しい格好でも可愛いハル先輩しか映っていない。
「嬉しいです!来てくれて」
「スタッフの人に道聞いたら名前聞かれて、ここに連れてこられた」
「大事な先輩が来るって伝えてあったから」
ハル先輩は凄く居心地悪そうにしていて、声も小さかった。小さく聞こえるのはマスクのせいかもしれないが。
ともかく他のチームメイトの視線が気になるらしいハル先輩をロッカーから連れ出して、関係者席まで案内することにした。
「それにしても完璧な変装ですね」
「うん。まあ」
「それなら絶対気付かれないと思います。特にその眼鏡、どこで買ったんですか!?」
「この前斗士と渋谷に行った時、色々声かけられて煩わしかったから」
成る程。渋谷なら、若い子からの逆ナンを始め、ストリートスナップやカットモデルの依頼や、もしかしたら芸能事務所のスカウトなんかもあったかもしれない。当然の事ながらハル先輩は全部断るだろう。それで敢えて変な眼鏡を選んだ訳だ。それにしても…。
「望月と渋谷行ったんだ」
「うん。……って、斗士はいいだろ。共通の友達なんだから」
「俺あいつと友達だったっけ?」
「もう、意地っ張り!そんな事より、試合に集中しろよ」
俺は意地をはって友達じゃないフリをしてる訳でも何でもなく、あいつが性懲りもなくハル先輩にちょっかいをかけるから嫌いなだけなのだが。本気でないのも、俺をからかっているのも分かっているが、気に食わないものは気に食わない。
「試合は大丈夫です。もう勝つイメージしかありませんから」
「相変わらず自信家」
そんな俺が好きなんでしょう?とはさすがに『自信家』な俺でも口には出来なかったが、そうなんだろうなと思う。人は無意識に自分に無いものを持っている相手に惹かれると言うから。
「それじゃあ、ここの席にどうぞ」
他観客席からは入り込めない作りになっている関係者専用の座席には、既に他のチームメイトの恋人とか家族が何人か座っている。怪しい風貌のハル先輩は、一瞬ぎょっとされて、でも俺が案内してることが分かるとほっとされるという可哀想な反応をされていたが、それでも他の席に軽く会釈して、俺が示した席に着いた。
「がんばれよ」
「はい」
俺がそこにいることに気付いた一部の観客席から歓声が挙がったので、そこに長居する訳にも行かなかった。
それにしてもハル先輩の眼鏡姿は想像の斜め上を行くものだったが、俺だけがそのフレームの内の美貌を知っているって言うのもなかなか悪くないなと思った。
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