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My dear… 5

試合は予定通り勝利を納めた。 観客席よりも程近い関係者席でハル先輩が見ているのだ。しかも昨日の活躍を見てスタメン起用してもらった。ここで活躍せずしてどこでするという話だ。 圧勝で試合終了のブザーが鳴ったとき、一番に見たのはハル先輩。相変わらず完璧に隠された表情だったが、それでも嬉しそうに見えて、ガッツポーズを送った。途端黄色い歓声が挙がったが、俺の目にはやっぱりハル先輩しか映っていない。 ロッカールームは勝利を納めた充足感に満ちていて、疲労感と心地良い気だるさに支配されていた。 他の選手達がのんびりそれに浸っている中、俺は一人素早くシャワーを浴びた。ハル先輩と早くデートをするために。 が、着替えの途中でお調子者の勝瀬さんに絡まれた。 「うぉーい紫音」 「なんすか?」 「お前、初めて知り合い連れてきたと思ったら、何ー?あのムサイ奴」 「しかも勝利の合図なんぞ送ったから、お前のファンの子達騒いでたぞ」 会話に参加したのは隣にいた豊田さん。「あれが女だったら大変だった」と付け加えている。 「ムサイとかやめてくださいよ。俺の大事な先輩なんですから」 「先輩って?あいつもバスケやってたの?」 「そうですよ。俺の師でありライバルであり相棒です」 「相棒?お前の相棒って言ったら、あれだろ?あの銀髪の…」 「そうそう。凄い綺麗な顔したハーフの…」 バレている。俺とハル先輩は、それこそ付き合っているなんて噂をされる程ずっと一緒だったから、コンビとして有名だ。連想されて当然。 でも、別に今日見に来たのがハル先輩だってチームメイトにはバレても何の問題もない。寧ろ、ハル先輩がムサイとか言われるのは我慢ならない。「俺だけが知ってればいい」なんて思いもあるにはあるが、俺の恋人を見ろ(実際には公言出来ないが)と自慢したい気持ちも強い。 「確か椎名って名前じゃなかった?」 「そうだ!椎名春。お前の相棒は、椎名だろ?」 「そうですよ。だから、あの人が椎名先輩です」 「「え!?」」 この時の二人の顔は写真を撮りたいくらいに間抜けだった。試合で華麗にコートを駆け回っていた蝶の様なハル先輩と、今日のハル先輩の姿が一致しないのだろう。無理もない。俺でさえ一瞬わからなかったのだから。 「嘘だ!あれが!?」 「そうですよ」 「イメチェンしすぎだろ」 「イメチェンって言うか、今日は変装してきて貰っただけです」 「おい紫音。あれが本当に椎名なら、紹介してくれよ」 「紹介…?」 相手が先輩である勝瀬さんでも声が固くなる。どういう意味だよ。 「なんだよ怖い顔すんなって。椎名のスリーが見たいだけ。学生時代一回も試合当たらなかったからさぁ」 勝瀬さんは3Pを得意とする選手で、プレースタイル的にはハル先輩に近い。でも、だからって…。 「それにしてもなんで椎名はバスケ辞めちゃったんだ?うちのオーナーも獲得する気満々だったのに」 「あの人、それで去年はかなり騒いでたよな」 「…先輩にも、色々あるんじゃないすか」 その「色々」は、到底人に語れない事ばかりだ。 そう考えると、本当に、俺が世界で一番憎い男のしでかした事はとんでもない。あれさえなければ、間違いなくハル先輩はプロの道に進んだだろう。元々引っ込み思案なハル先輩だけど、唯一バスケをしている時は自分を解放していた。あれが起こるまでは。 ハル先輩は俺が気づいてないと思っているのかもしれないが、大きな試合で必ず起こるハル先輩の不調は、あの事件のせいだろうと俺は確信している。 だから、ハル先輩がバスケを辞めると言い出した時も、そうなるのではないかという予感はあった。頭ではわかっていても、感情は簡単に割り切れなくてハル先輩を困らせてしまったが、あの時最も強く感じていたのは、自分の不甲斐なさへの苛立ちだ。 「俺がハル先輩を立ち直させる」と決意していたのに、バスケだって前みたいに出来る様にしてやるって思っていたのに、俺は結局ハル先輩を元には戻せなかった。 ハル先輩からあの男の影を完全に消す事は出来なくて、それが悔しくて悲しかった。 今でも頭では分かっている。人間の記憶というのは複雑で、コンピューターのデータみたいにそれだけをピンポイントで消すことなんて不可能なのだと。 あの男の残した爪痕は、様々なきっかけでハル先輩を苦しめている。それはバスケだけじゃなく、一見関係性の解らない事柄にしても。 だから、例えは乱暴だが、脳の一部を破壊したとしても、壊れなかった他の部分に刻まれた記憶がハル先輩の行動の指針となり、それはあれが起こる前のハル先輩の行動や言動とは微妙に変わっているのだろう。そしてそのズレに、ハル先輩は苦悩し、その度にあの男を思い出す。あの男の与えたまるで拷問の様な性行為と虐待を―――。

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