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My dear… 6

「なぁ紫音、いいだろ。せっかく椎名来てるんだから、豊田も入れて2on2でもしようや」 普段は何事にもあっさりしている勝瀬さんが、今日は粘った。そんなにハル先輩とバスケがしたいのか?それとも多くのしつこい男同様にハル先輩自身が目当てなのか? もし後者なら、これからはハル先輩を頻繁に試合に招待しようと思っているので、牽制の意味も込めてハル先輩と俺の関係性を見せ付けておいた方がいいのかもしれない。本当は早くハル先輩と二人きりでデートをしたいのだが、仕方ない。 「ちょっと本人に聞いてみます」 「俺らも一緒にご挨拶行くぜ」 「え、俺も?」 バスケ選手にしては小柄な勝瀬さんが、大柄な豊田さんの肩を組んでついてくる。本音ではついてくるなと言いたい所だが、悲しいかな俺は一番下っ端だ。 待ち合わせに指定していたやや薄暗いバックヤードの入り口には、既にハル先輩の姿があって、退屈そうに壁に背中を預けていた。 「やっぱり、あれ見て椎名とは思えないな」 俺が声をかける前に勝瀬さんの声がホールにこだましてハル先輩の耳にも届いた様だ。ぱっとマスクと眼鏡に覆われた顔がこちらに向いた。足早に近づく。 「ハル先輩すいません。この…『先輩方』が、どうしてもハル先輩に会いたいって」 「俺に?」 「そう。俺、勝瀬って言います。よろしくー」 勝瀬さんが馴れ馴れしく差し出した右手をハル先輩か戸惑いながら握った。途端ブンブン上下に振られる右手はそのまま、困惑した様な碧色の瞳がこちらを向く。 「勝瀬さん、ハル先輩とポジション同じだから、どうしてもプレーしてみたいらしくて…」 「そうなんですー。俺椎名くんの2個上なんだけど、キミの綺麗なスリーはいつも参考にしたいと思ってたんだよ。教えてくれないかな?」 「そんな、俺なんかがプロの人に教える事なんてないですよ」 「そんな事言わないでさー。ちょっと一回ボール持ってみよう」 「え、あの…」 「ちょっ!勝瀬さん!」 勝瀬さんがハル先輩の肩にまた馴れ馴れしくも腕を回して体育館の方角へと歩いて行く。 すぐに行って引き剥がそうとした俺の腕を豊田さんが掴んで制する。 「何ですか豊田さん!」 「まあ待て」 「待てませんよ!」 「落ち着けって。いいだろ、減るもんじゃないし」 減る!大いに減る!というか汚れる!大体あの人ロッカーでダラダラしていたけど、シャワー浴びたのか!? 「勝瀬、最近不調だろう」 汗臭いのを我慢しているかもしれないハル先輩の心情を思うといてもたってもいられないという俺を他所に豊田さんが語りだしてしまった。 「今日も途中交代させられていたし。あいつ普段からふざけてるから、悩んでる顔とか同期の俺にもあんまり見せないけど、それでもあいつなりに悩んでると思う。椎名の方が年下だから『憧れの選手』って感じじゃないかもしれないが、あいつさっきは久々に必死になっていただろう。もう辞めた選手にもすがりたいくらい切羽詰まってるのかもしれないから、ちょっと好きにさせてやってくれよ」 「はあ…」 確かに、勝瀬さんは最近得意だったスリーもあまり入らなくなってきたし、試合出場回数も少なくなってきた。 バスケ選手の寿命は極端に短い。元々マイナースポーツゆえに資金力がなく、使えないとみなされた選手は早々に首を切られる。試合に出て活躍する事のみが生き残る為の手段であるというある意味過酷な実力主義社会だ。特にこのチームは企業に所属する実業団チームではなく完全なるプロチームなので、引退後の受け皿は自分で一から探さなければならない。その厳しさが自分にとって刺激になるとも思い俺は敢えてここを選んだのだが、そのプレッシャーに押し潰される人間だっているだろう。勝瀬さんはそんなに弱い人間ではないが、それでも長く続いている不調は、じわじわと勝瀬さんを追い込んでいたのだろう。それはわかる。 わかるが…。 俺は別に勝瀬さんとハル先輩がバスケをするのを止めようとしてる訳ではない。お遊びのバスケはハル先輩を苦しめないだろうし、俺だってこれに乗じてハル先輩とバスケができるのは少し楽しみだったりしているのだ。 俺が止めたかったのは、あくまでも勝瀬さんのハル先輩に対するボディタッチだ。 豊田さんは完全に勘違いしているが、でも、男の先輩へのボディタッチを必死に止めようとしているなんて普通は思わないか。ということは、話を合わせておくのが一番手っ取り早いだろう。 「わかりました。もう止めませんから、俺たちも早く行きましょう」 「すまんな、紫音。大事な相棒を」 「そこは否定しませんけどね」

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