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My dear… 7
豊田さんと体育館に向かうと、ボールの弾む音が聴こえてきた。
swish…
静寂の中、ボールがネットを巻き込む小気味のいい音が懐かしい。
俺とハル先輩は、何十時間、いや何百時間もこうして静かな体育館でこの音を聴いた。あれは、俺にとっても、きっとハル先輩にとっても特別な時間だった。大好きな物だけに囲まれた、何にも邪魔されない幸福な時間。唯一、あの男の入る隙のない神聖な時。
帽子やマスク、変な眼鏡を取り払ったハル先輩は、ボールの軌道を見送った後、遠慮がちに微笑んで勝瀬さんを見遣った。
あぁ。あんな顔で他の男を見ないで欲しい。見せたくない。
「本物だ…」
豊田さんの呟きに我に還る。同時に体育館の中の二人もこちらを向いた。
「……紫音。椎名くんって、天使かなんか?」
夢の世界にいるみたいな勝瀬さんが、呆けた声で言った。
それを困惑した表情で見たハル先輩は、帽子に仕舞われていた学生時代よりも短い柔らかな髪の毛に変な癖がついたのかぴょんぴょんとあちらこちらに跳ねていて、緩くウェーブしているかの様。困った様に綺麗な碧色の瞳を揺らす様は確かに宗教画の天使の様だ。
「そうですよ、ハル先輩は俺の天使です」
「おい紫音」
変な事口走るなよ。
ハル先輩の目が訴えている。
分かっているけど、本当はこの人は俺のだって皆に言いふらして歩きたい。
マイノリティがなんだ。愛に性別なんて関係ない。何にも悪いことをしている訳ではないのだから。
「勝瀬が変な事言ってごめんな。俺は豊田。よろしく」
「椎名です」
勝瀬さんよりは誠実そうでまともに見える豊田さんにハル先輩は明らかにほっとした様に口元を緩めた。また、あんな安心しきった顔をして…。あんな顔をされたら、大抵の男は「守ってやりたい」と思うものだが、一部の変態どもは「従属させたい」とか思うらしい(ハル先輩に不埒な事をしようとしていた男談)。
かく言う俺は……正直どちらの気持ちもある。でも、それが男ってもんだ。だから男は狼なのだと何度も言っているのだが。
「紫音ー。前から綺麗な男だとは思ってたけど、近くで見たらヤバイね。しかも、俺変身見ちゃったから、ギャップ萌え半端ない。俺、あっちの世界に足踏み入れたくないぜー。…いや…でも椎名くんなら…」
変身って、ただ帽子と眼鏡とマスクを取っただけだ。まあ、気持ちは分かるが。生温い目で勝瀬さんを見ると、若干顔を赤らめている。何を想像しているのだ。自分の恋人をイヤらしい目で見られるのは本当に腹が立つ。
「変な妄想するならもう連れて帰りますよ?スリー見せて貰ったんでしょ?」
「待て待て!さっきは椎名くんしか見てなかったからー!」
スリーが見たい、プレーしたいと言っておいて、ハル先輩に見惚れていたというのか?
「やっぱり帰ります」
「待ってー!あと1回だけ!」
俺にすがる勝瀬さんに呆れる豊田さん。ハル先輩は…と思った時、目の端にオレンジ色が掠めて、ネットをボールが揺らした。
「紫音、やらせて」
「え?」
「俺のスリーでよければ、何回でもお見せします」
「は?」
意外なハル先輩の言葉に驚く。ハル先輩はバスケは好きだけど、こういう風に容姿を褒められたりする場面は苦手な筈。
「椎名くーん!キミは心も天使の様だね!紫音とは大違い!」
「いえ…」
ほらまた困ってる。こういう崇められる系のノリだって得意じゃないのに、なんで?
「じゃあ、いいですか?」
「頼む。今度こそちゃんと見てるからー」
シュート体勢に入ったハル先輩は、迷いなくボールを放つ。それはまるで磁石が引き合うようにリングに吸い込まれる。何度見ても美しい姿だ。
「もう一回いい?」
「いいですよ」
それからハル先輩は自分が言った通り、何度も3Pを放って見せた。機械じゃないので、時折リングに当たって軌道が逸れたりもするが、9割は入っている。さすがだ。
「ちょっとイメージ掴めたかも」
そう言った勝瀬さんが今度はボールを持って黙々と投げ始めた。ハル先輩はただ黙って見守っている。
お調子者な勝瀬さんの真剣な表情に、空気が張り詰めた。こういう雰囲気は好きだ。身が引き締まる。
勝瀬さんもシューターなだけあってシュート成功率は高い。不調だったのが嘘の様に入る、入る。篭のボールが全部無くなるまで投げきった後の勝瀬さんは、とても晴れやかな表情を浮かべていた。
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