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My dear… 8

「ありがとう、椎名くん」 「お役に立てたなら良かったです」 静かに微笑みあう二人に少し嫉妬したが、そこに不埒な想いは微塵もない。 ハル先輩は、何も聞かなくても勝瀬さんがどうして自分のプレーを見たがっていたか理解したのだろう。途中交代となった試合を見てか、それとも勝瀬さんの必死な様子を見て気付いたのか。どちらにせよ優しく面倒見のいいハル先輩らしい。本当に俺の恋人は外見だけじゃなくて心も美しい。 「豊田!紫音!来週の試合は見ておけ!俺の完全復活だ!」 「それは楽しみです」 「生意気な奴!」 本来は2on2を…という話だった気がしたが、自分の望みは既に叶った勝瀬さんが「腹減った」と言い出したので、4人で試合会場近くの定食屋に移動した。せっかくのデートが…とは思ったが、ハル先輩も楽しそうにしているし、こういうのもたまにはいいかと諦めた。 「椎名くん、ここは俺が奢るよ!好きなものを食べなさい!」 「いいんですか?」 「任せなさい!」 所詮は定食屋だ。ハル先輩も年上でありプロ選手でもある勝瀬さんを立てようと話に乗った様だ。 「シューターってのは、人のシュート見るだけで調子戻るものなのか?」 豊田さんが勝瀬さんに訊ねた。俺もそれは疑問に思っていた。ハル先輩は何のアドバイスもなしに普通に3Pを打って、勝瀬さんがシュートしてる時も何も指導的な声かけはなかった。 「調子悪い時ってさ、成功するイメージが見えなくなるんだよ。失敗した映像ばっかり上書きされちまうから、成功する感覚が分からなくなってくる。それはどのポジションも同じだろ?」 「あー、まあ確かに」 「そうですね」 「だから、この椎名くんに成功するイメージを植え付けて貰ったって訳。もう打ち方は自分の中で完成されてるから、下手にフォーム改善なんかされたら、逆にワケわかんなくなるし、椎名くんはその辺解ってるなぁって、お兄さんは関心した訳ですよ!」 勝瀬さんが照れ隠しみたいにおどけてみせて、ハル先輩も褒められて少し恥ずかしそうにしていた。思わずいじめたくなる様な可愛い表情だ。 「ハル先輩凄いですね!さすがは現役の指導者」 ハル先輩は相手が何を欲しているのかを読み取るのが上手い。相手の立場や性格、能力なんかも加味して対応できるから凄い。本当に指導者に向いている。……それなのに、自分自身の事となると鈍感なのは何故なのだろう。自己評価が正しくできていないせいだろうか。ハル先輩は自分を蔑む傾向にあるから。 「そんな事ない。俺も、調子悪い時はDVDでNBAの試合の好きな場面見てイメージ作ったりしてたから、なんとなく気持ちが分かっただけ」 「それに気づけるのが凄い。俺は勝瀬になんて声かけてやればいいか分からなくて、試合の話できなかったからな」 「腫れ物扱いって一番堪えるってのによー」 「悪かったって」 そうだったのか。俺は勝瀬さんの苦悩も、豊田さんの気苦労も、全然気づいていなかった。このチームのエースになる為には、チームメイトの機微にだって敏感じゃなきゃいけないよな。そうじゃなきゃ、チームメイトからの真の信頼は得られないだろうし、もっと単純な所では、試合中誰にパスを渡すのが最善かという事だって、チームメイトの状況を知らなければ正しく判断できない。 ハル先輩がこのチームにいればな…。 バスケという共通点があるからか、今日初めて会ったばかりだというのに、ハル先輩は自然と二人に馴染んでいる。決して口数は多くないし、積極的でもないが、空気が読めるというか、いるだけで空気が和むというか。 やっぱりハル先輩は癒し系だ。 俺の前では少々意地っ張りだが、それはそれで俺だけに見せてくれる素の部分なのだから愛しい。寧ろ、ハル先輩が俺の前で素直な時は、意地も張れないくらい弱っている時だから、素直じゃないくらいの方が安心できるのだ。 それに、ハル先輩は言動は素っ気なくても表情では嘘のつけない人だ。 豊田さんや勝瀬さんに誉めちぎられてはにかむ姿や、ちょっと嬉しそうに微笑む表情なんかは、感情がありありと表れていて、そういう所が比較的物静かでも人から好感を持たれる所以なのだと思う。 そして、俺の知らない所でもこんな表情を振り撒いているのだろうと思うと、無防備過ぎてハラハラするのだ。 ハル先輩は綺麗すぎるのに可愛いからいけない。もう、普段からあの怪しい男の変装をして学校に行けばいいとすら思う。中学時代、黒髪とカラコンで変装していたハル先輩に、「そんな事する必要はない」と言っておいて今更と思うが、そのくらいハル先輩は危なっかしい。 今でもハル先輩の美貌が悪いとは微塵も思っていないが、前みたいにずっと傍で見守っていられない分、ハル先輩がちゃんと自衛しているか気になってしょうがない。もう既にハル先輩の学校には要注意人物が何人もいるのだから。

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