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My dear… 11

「紫音っ…」 ハル先輩の目がさっきより潤んで、眦は赤らみ、頬はほんのり桜色に色づいている。下からは互いの先走りでグチグチとした音が響き始めた。 「どうしたの?」 限界が近いであろう事はとっくに察しているけれど、わざと聞いた。ハル先輩の恥じらう姿がもっと見たい。 「ゃ…だっ……もう…っ」 「もうどうしたの?教えて?」 「ぃ…じわるっ」 「言ってくれなきゃ分かんないよ」 ハル先輩のにしっかり当たる様に腰を大きくグラインドさせる。 「やあっ…ぅん…っ……ぃ、く…っ」 振り絞る様な甘い声と共に温かい感触が胸の方まで飛んできた。 ハル先輩の痴態に、このまま続けたら自分まで前戯でイってしまいそうだったので、身体を起こした。気だるげに虚ろな瞳で骨ばった肩を上下させるハル先輩が目に映り、その色香にまた下半身がドクンと波打つ。 ハル先輩は、歳を重ねる毎に色っぽくなっている。 成人してからは徐々に少女めいた面影は消えて、シャープな男性的な容貌が目立つ様になったが、代わりに大人の色香を強く醸し出すようになった。昔の、性別も超越した精巧に緻密に作られた人形の様な完璧な美しさから、性を感じさせる人間的な生々しい温度とエロスを兼ね備えた美しい男へと変貌を遂げた。 本人の言うように、確かに女の子と間違えられる事は、女装なんかをしない限りないと思うが、俺は以前よりも危うい魅力が増したと思っている。 不特定多数に狙われる可能性は下がったが、その分特定の相手を惹き付ける力が強くなった。それは、自分をゲイ、もしくはバイと認識している相手であったり、先程の勝瀬さんの様に「ノーマルだけどハル先輩ならば…」と割り切って考える相手であったり。 認めたがらないだけで、男はその殆どがバイであるという話をどこかで聞いた事がある。 つまり、美貌の男であるならば…と勝瀬さんみたいな考え方をする男は、かなりの数いると言うことだ。 男というのは女と違って即物的で、特に相手が男であればその傾向は強まる。「お前も男なら、気持ちいい事が好きだろ?」という単純な考え方なのだろう。 だから、俺はハル先輩が心配で堪らない。男であるからこそ、より心配だ。勿論華奢とは言え女性よりは遥かに力も強いし、非力な訳ではないので必死に抵抗すれば無理矢理どうのという事態にはなかなかなりにくいと思うが…。 もしそうなった時、ハル先輩は比喩なんかではなく死に物狂いで抵抗するだろう。ハル先輩は快楽に弱いが、それを許せる相手はどうも俺だけに絞られている様だから。 ハル先輩は過去の経験から、恐らくセックスを忌み嫌っている。 俺がハル先輩の性的な歪みに気付いたのは、ハル先輩が大学に入って俺と1年離れ離れになった時の事だった。 久し振りに身体を合わせたハル先輩が、乳首の刺激だけで絶頂したのだ。驚いてさりげなく探ってみると、どうも自慰を全くしないらしい事が分かったのだ。その行為が汚らわしいと感じてしまうらしかった。 その理由は聞かなくても分かる。ハル先輩は、あいつに自慰行為の強要も頻繁にさせられていたから。 憎いあの男の部屋や仕事場には、ハル先輩が凌辱されている最中の映像が多数残されていた。 俺はハル先輩が入院している間に、その確認と処分の全てに関わった。それを担うと言ってくれたあの男の父親が信じられない訳ではなかったが、それらは絶対に、確実に、一つ残らず処分しなければならない物だったから、他人任せにはしたくなかったのだ。 大好きな人が同じ男に何度も犯されている所を見るのは、気が狂うかと思う程の苦痛で、何度も挫折しかけたし、余りに腹が立って途中でディスクを叩き割ってしまった物も多々ある。 それでも全て自分の目で確認したのは、長い間気付いてあげる事が出来なかった自分への戒めの気持ちがあったから。そして、ハル先輩の事は全て知っておかないと気が済まないという自分の傲慢な独占欲を満たす為でもあった。あの時の俺を突き動かしていたのは、後者の思いの方が強かったのかもしれない。 それらの映像は、事実であることを認めたくないくらい凄惨で淫靡だった。ハル先輩の性的な事以外の性格や認識が大きく歪まなかったの事が奇跡だと思うくらいの、あまりに酷い虐待。 あれを見た事は、ハル先輩には黙っていようと思っているが、見なければよかったとは思わない。俺の想像力は、ハル先輩の身に実際降りかかっていた「事実」に追い付いてはいなかったからだ。 あれを見なければ、俺は一生ハル先輩が真に味わった恐怖や屈辱や痛みを知らないままだっただろうから。 一番多感な時期に植え付けられた性に対する最悪のイメージは、ハル先輩の内に確実に根を這ってしまったらしい。 自慰ができないくらいだ。性行為への嫌悪感は計り知れないだろうと思って、恐る恐る俺との行為は嫌ではないのか聞いてみた事がある。 返ってきた答えは、「紫音だけは特別」というもの。それを聞いて全身の力が抜けるほど安堵し、より愛しさが増したのは言うまでもない。 俺以外は何も…自分でさえ受け入れたくはないというその完璧なまでの貞淑さと潔癖さは、ハル先輩が望んで得たものではないし、俺だって望んだ訳ではないが、「紫音だけは特別」と言われた事を内心では喜ばずにはいられなかった。ハル先輩が心から快楽に溺れられるのは、俺の前でだけということなのだから。 この言葉を貰って、ハル先輩と恋人同士になっても尚ギラついていた俺の中の独占欲や執着心が、かなり落ち着いたと思う。 元々俺にとってハル先輩は特別な人だった。 自分の相手はハル先輩しかいないと思えるくらいに運命的な物を感じて、一生涯愛し続けるだろうとも思っていた。 けれど、ハル先輩にとって俺は、「危機的状況から救いだしてくれた相手」という認識で、もしかしたら「真の愛」ではなく、「錯覚の愛」なのかもしれないと思う事があった。 だってハル先輩はどう考えてもノーマルだった。男に迫られる事を心底嫌悪していた。 それが俺の恋人になってくれたのは、奇跡的な事だ。「吊り橋効果」みたいな「錯覚」なしには俺を好きになんてならなかっただろうと。 だから、いつも不安だったのだ。俺への気持ちが錯覚であることに気づく日がいつか来るのではないかと思うと、それまでずっと気が気ではなかった。 そんな俺をハル先輩のあの言葉が救い上げてくれた。それを聞いた途端、きっかけが錯覚だろうと、吊り橋だろうと、そんな事は一瞬でどうでもよくなった。ハル先輩にとって俺は「特別な存在」になっていたのだ。その事実だけで充分だ。

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