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Only you 3

あの日からずっと、黒野は不貞腐れている。練習には真面目に取り組んでいるが、あまり調子がいいとは言えない。しかも、休憩時間は俺の方をじとっとした目で睨んでくる。 「黒野。何か言いたい事があるのか?」 「べつに」 「さっきからこっち見てるだろう」 「べつに」 あれから1週間。毎日のようにこんなやり取りをしている。 黒野はお調子者のムードメーカーで、バスケの腕も部内1なので、1年生ながら部の中心となる生徒だから、機嫌が悪いとバスケ部全体の調子が狂う。 恐らく何か俺に言いたい事があるらしいが、俺には皆目見当もつかないし、黒野もこの調子で何も言わないので、正直困っている。 しかも来週は勝瀬さんと紫音がバスケ部の練習を見に来てくれる。二人の意向で生徒たちにサプライズを仕掛ける為、部員にはその事は知らせていない。せっかくの滅多にない機会だから、黒野にも色んな事を二人から学んで欲しいと思っているのに、こんな不貞腐れ状態では得られる物は少ないだろう。 「黒野、部活終わったら残れ。話がある」 「はいはい」 面倒臭そうに黒野が視線を逸らせた。黒野は存外頑固で猪突猛進タイプだ。何度注意しても敬語はおろか先生と呼ぶこともしないし、不貞腐れるのだって、1週間も継続するのは結構な忍耐力がいると思うのだ。 こういうタイプがグレでもしたら、徹底的にその道に進んで行きそうだし、立ち直らせるのには時間がかかりそうな気がする。こじらせる前に、腹を割って話をした方がいいだろう。 * 「椎名センセ」 練習後、1年生に課せられているモップかけと更衣も済ませた黒野が、体育教官室に顔を出した。この部屋は、部活中は体育館を使用している部の顧問が使用することになっている。 「入れよ」 「失礼シマス」 いつもの黒野にしては丁寧な物言いが、こいつがいつもと違うことを如実に表している。 向かいのキャスター付きの椅子に座らせて、目を合わせようとしない黒野の顔を覗き込む。 「黒野。お前明らかに変だよな」 「しい…椎名センセに関係あるんですか?」 「関係あろうとなかろうと、俺はお前の顧問だ。心配して当然だろう」 「顧問だから心配するんだ?」 「そればっかりじゃない」 「嘘だ…」 「嘘じゃない。俺はお前に特別目をかけてる。分かるだろう?」 生徒には平等に接しなくてはとは常日頃から思っているが、黒野は俺がいるという理由でこの弱小校に入学したのだ。そこまで慕ってくれるなんて可愛い奴だとも思うが、それよりも何よりも責任も感じている。黒野がわざわざ追ってきてくれたのに恥じない結果を残したいし、それは黒野の将来の為でもある。 ここに入部したせいで、黒野からバスケを奪ってしまうという事態だけは絶対に避けたい。 「足りない」 「…何?」 「足りないよ。結局俺はしいちゃんにとっていち生徒じゃん」 「当然だろ。お前は生徒で、俺は教師だ」 「だから、それが嫌なんだってば」 「嫌って言われても、それは仕方のない事だ」 「もう、しいちゃん頭固い!そんなんだから、俺が何に悩んでるか分からないんだ」 「悩んでる?俺には不貞腐れている様に見えたが」 「悩んでるの!自分の思い通りにいかなくて、イライラしてんの!悪い?」 思い通りにいかない?バスケのスキルが伸び悩んでいるとか、勉強についていけないとか? でも、俺が見た所黒野のバスケは伸び悩んでいる様には見えなかったし、成績も悪くなかった筈。 「何が思い通りに行かないんだ?」 「しいちゃんって鈍感すぎ。だから無防備に痴漢に遭ったりするんだよ。それに、自分が一部の生徒のズリネタになってるのだって全然気づいてないよね」 「ずりねた…?」 なんだそれ?どういう意味だ? クエスチョンマークを掲げた俺を黒野が更に呆れた様に見て、大きなため息をついた。 「しいちゃんって、どこの箱入り息子か知らないけど、俗世を知らなさすぎ。世の中には、しいちゃんが予想もしないような汚い事考えてる人間が山程いるんだから。あの痴漢みたいにね。だから、もっと人間の汚い部分も知った方がいいよ」 黒野の不機嫌の理由を問い質そうとしていた筈なのに、逆に説教を受けてしまった。しかも、的を射ている。 確かに俺は世間知らずだ。 元々親に過保護に育てられていた自覚はあるし、諸事情で心から信頼できる友人は多くない。自分の好きなこと――バスケばっかりしてきたし、あの事件の後は、紫音が俺の保護者の様にいつも傍にいて、たぶん色んな事から守ってくれていた。 人間の汚い部分というのは、ある意味一部においては嫌と言う程思い知らされた。だからこそもう知りたくないのだが、いつまでも逃げてばかりはいられない事は自分でもよく分かっている。

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