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Only you 5

ひらひらと手を振る黒野を見送ってから、自分も体育教官室を後にした。 今日行った小テストの答え合わせだけでもして帰ろうと思い職員室に戻ると、よりによって志垣先生が一人自分のデスクに向かっていた。 何かのきっかけで目くじらを立てられない様にそーっと自分のデスクに着いたが、その努力も虚しく志垣先生が頭を上げた。 「今日は遅かったですね」 「…はい。ちょっと生徒の一人と話をしていたので」 「話?」 志垣先生が神経質そうに眼鏡の位置を直した。その奥の冷たい目に、全てを見抜かれる様な錯覚に陥る。 「悩み事が、ある様だったので…」 「そうですか。不用意に生徒と二人きりになるのは如何かと思いますがね。辞めさせられた養護教員の二の舞になりますよ?」 「はあ…」 養護教員の二の舞?志垣先生は何を言っているのだろう。養護教員は女性だったから生徒とあーいう事になった訳で。 そう考えた所で志垣先生の盛大なため息が聞こえてきた。またお説教の始まりだろうか。 「貴方ならなりかねないと言ってるんです。身に覚えがないとは言わせませんよ。男を誑かすような容姿をしておいて。うちの大事な生徒を誘惑しないで頂きたい」 ――今俺、何を言われた? 男を誑かす?生徒を誘惑する? そんな……。 「俺、……私は、そんな事していません」 「どうですかね。うちのクラスにも『椎名先生、椎名先生』と色ボケした様に騒いでる生徒が何人かいる様ですが、貴方が何かしたんでしょう?」 「何で私が…」 「そうとしか考えられないでしょう。純情な男子高校生達が、何の切っ掛けもなしに男に靡きますか?貴方が誘惑したからでしょう。貴方みたいな人に粉をかけられたら一溜まりもないでしょうねえ。可哀想に」 「俺はそんな事していません!」 志垣先生に対してこんな強い口調で反論したのは初めてだったけど、この言いがかりにはさすがに耐えられなかった。 俺が何をしたと言うのだ。クラスでは生徒に平等に接しているつもりだし、特別何かをした事もない。そもそも副担任なんて、担任の手前出番なんて殆どないのだから、自分のクラスの生徒達も他のクラスの生徒達も感覚としては大きく変わらない。志垣先生はこれまで無遅刻無欠席だから、代わりにHRを担当した事もない。それなのに、どうしてそんな事を言われなければならないのだろう。 「ふん。珍しく感情的ですね。思い当たる節でもあるんじゃないですか?」 「ある訳ないじゃないですか!」 「どうでしょうね。貴方、淫乱の気があるから…」 「いい加減にしてください!」 一体何なんだ、この人は。これまでだってめちゃくちゃな理論で俺を否定してきたけど、今日のはいつもに増して酷い。普段は志垣先生への苦手意識が前面に出て反論も出来ないが、今日はそれよりも憤りが先に立っていた。 俺を憤らせた張本人は、堪えた様子もなく人を小バカにした様な嫌な笑いを湛えている。最低だ。 「……帰ります」 「来週HRで使う資料は?」 「それはもう出来てます。……失礼します」 小テストを鞄に詰めて、真っ直ぐ職員室を出た。 志垣先生のニヤついた顔が目の奥に焼き付いて離れない。悔しい。あれだけバカにされて、それでもこうして逃げ帰る事しか出来ないなんて。俺ってやっぱり情けない。 こういう時紫音ならどうするだろう。ふざけるなって怒って、殴りかかったりでもするのだろうか。いや、そんな乱暴はしない。もっと上手い方法で切り抜けるか。 そもそも、紫音は人からそんな事言われないだろう。羨望の眼差しこそ向けられはしても、蔑まれる様な事はない。その要素も理由もないから。 あの自信に満ちた眩しい程の輝きを放つ紫音に、侮辱の言葉は似合わない。

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