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Only you 7

「高嶺の花って言うのは、紫音みたいな奴を言うんじゃない?」 「はぁ?あいつが?似合わなすぎ」 「だって紫音は凄い。まだ新人なのに、周りの選手が圧倒されるくらい堂々とプレイしているし、チームの中心になって凄く活躍してる。格好いいから女の子のファンも沢山ついてて、紫音が何かやる度に凄い声援だし…」 「はいはい。惚気けないで」 「惚気けてる訳じゃない」 紫音の事は心底格好いいと思っているが、その事に惚気けるというよりは、自分が置いてきぼりにされる様な焦燥を感じる事の方が最近では多い。 容姿も性格も断トツに良くて、スター性もある紫音は、俺には時々眩しすぎるのだ。紫音みたいな男が俺なんかを――『男』をずっと傍に置く事はあり得ないんじゃないかと思うから辛くなってしまう。 紫音はいつも100%の愛情を俺に向けてくれているけれど、それでも不安だ。だって今は100%でも、明日は?1ヶ月後は?――そんなの誰も、紫音でさえ分からない事だ。 こんな風に思ってしまうのは紫音が眩しいせいではなくて、自分のせい。紫音の隣は、俺では相応しくないと思っているから。 だって紫音は女の子も、もしかしたら男でさえも選り取り見取りなのだ。過去をほじくり返されたら膿ばかりが出てくる様な俺を、ずっと傍に置いておく理由がない。 「春さー、またマイナス思考になってない?」 「………」 「あいつのせいでそんな顔するなら、別れて俺と付き合おっか」 斗士の言葉に被せる様に首を振った。嫌だ。そんなのは絶対に――。 「紫音と別れるとか、考えただけでもうダメだ…」 「うわー。俺振られるの何回目?」 「本気じゃない癖に」 「脈なしだって知ってるからねえ。でも、春がその気になってくれるなら、俺はいつでも本気モードに切り換えられるよ」 軟派な男のテンプレートみたいにウィンクして見せた斗士は、どこまでが本音なのか分からない。斗士は女の子にも男にもモテるプレイポーイだ。今だって、何人の彼氏や彼女がいるのやら。 「友達モードで頼む」 「仕方ないなー。じゃあ、友達として言わせてもらうと、俺には何で春が青木との事で不安になるのか全くわからないんだけど。あいつ、異常なくらい春に執着してるじゃん」 「そうかな…」 「うん。誰がどう見ても」 そうだといい。 愛情でも執着でも何でもいいから、傍に居て欲しい。もうこんな身体は打ち捨てて、紫音の中に溶けて一緒になれたらいいのに…。なんて、こんな事を考えてる俺の方がよっぽど異常だ。 俺には紫音しかいないのだ。失う事は、自分の一部…いや大部分を失う様で怖い。 俺が俺でいられるのは、紫音がいるからだ。紫音がいなければ、俺はとっくに自我を失っていた。 だから、紫音にも俺だけを見ていて欲しい。ずっと永遠に。 「春、さっきのあいつに直接言ってやれば?」 「さっきの?」 「『紫音と別れるって考えただけでだめぇ』ってやつ」 「そんな事言えない!」 「あはは。春顔真っ赤。春は何であいつの前でだけ素直じゃないの?」  「それは……」 それは俺だって知りたい。どうしてこんなにも欠けがえのない紫音に対して、素直に振る舞えずに可愛いげのない事ばかり言ってしまうのか。 最近一つ思い当たるのは、元々の関係性のせいなのかも知れないという事。 紫音は俺の後輩だ。年齢も俺の方が1個上。付き合う事になる前までは、紫音は少し生意気な所もあるけど可愛い後輩で、俺は頼りになる先輩だった(と自分では思っている)し、後輩達にも慕われていた。 でも、付き合い始めてからは、俺は弱りきっていて後輩の紫音に情けない姿ばかり見せていたし、今でもデートや会話、ベッドの上でだって主導権を握られっぱなしだ。唯一自信のあったバスケに関してもブランクと体格差で完全に置いていかれてしまった。 たぶん俺にも一応男としてのプライドがあって、本当は先輩として紫音の少し前を歩きたいのだ。いや、前でなくても、隣に並んでいてもいい。ともかく、最低限対等な関係でいたい。完全に主導権を渡して凭れ掛かるのはプライドが許さないから、自分の感情を隠してちっぽけな反抗をしているのだ。 「春にあんな顔で別れたくないとか言われたら、あのバカの事だから勢い余ってプロポーズとかしそう。……うわー、なんかムカつくから、やっぱ言わなくていいや」 斗士が砂を吐くみたいなしかめっ面をしている。紫音も斗士の事を話すとき同じ様な顔をする。何だかんだ付き合いは長いのだから、意地を張るのはやめて仲良くすればいいのに。 プロポーズか…。それは流石にないとは思うが、俺が素直に思ってる事を全部口に出せたら、紫音はどんな反応を見せるのだろう。 斗士の予想通り喜ぶのかな。もしかしたら、ひた隠しにしていた俺の執着心とか独占欲の強さに驚いて引かれるかもしれない。紫音は、追いかけられるよりも追いかけたいタイプに見えるから。 それに、俺だっていくら紫音の反応に興味があったとしても、やっぱり紫音に甘い言葉は吐けない。 感情を隠して優位に立とうとするなんて卑怯だと思うけど、自分のちっぽけな自尊心を保つためには他に方法がないのだと思う。

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