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get cranky 1
毎週土日は試合をこなし、月曜日は休み。
その他の平日はチーム練習というのが、最近恒例のスケジュールだ。
月曜日が休みでもハル先輩は仕事な訳で会えないから、普段はジムに行って軽めに自主トレをしている。
いつも思っていた。この日にハル先輩と会えたら、きっと俺のパフォーマンスはもっと向上するだろうと。
心の休息と充電。そして、下品な話だが下半身の方も解放出来れば、試合の疲れも吹っ飛ぶし、次の試合ももっと今以上に頑張れる筈なのだ。
そういう訳で、恐らく来週の試合はかなり調子がいいだろう。ホーム戦だし、今日はハル先輩と会えるし。
「おい紫音、いい加減しゃきっとしろ」
隣に腰かけている勝瀬さんが小声で言った。
ここはハル先輩の勤務先の高校である静山高校の応接室。ジャージ姿が似合わないカッチリとした部屋だ。お茶を出してくれた年配の事務の女性が、校長が挨拶に来ると話していた。
わざわざそんな堅苦しい事はいらないのに。
「まだニヤけてます?これでも?」
もうすぐハル先輩と会えると思うとついつい緩んでしまう口元を両手で押し下げて勝瀬さんにどう?と伺いを立てる。勝瀬さんの呆れた様な表情は変わらない。
「全然だめ。そんなだらしない顔してたら、生徒にもテレビと違うってガッカリされるぞ」
「でもだって楽しみじゃないすか」
「お前ってテレビではクールなイメージで通ってるのに、実態は全然違うよな」
「あれは勝手に創られたイメージですから」
とは言え、クールとか冷たそうとかは、昔からよく言われてきた。テレビで取り上げられるのも、試合中や練習中の真剣な顔ばかりなのでそう見えるのかもしれない。でも、ヘラヘラ笑いながら試合をこなす選手の方がおかしいと思うから、俺は至って普通だと思うのだが。
あ、あとはあれか。ハル先輩と会えないストレスでインタビューはかなり適当に受け答えしてしまったから、そのせいもあるのかもしれない。
何にせよ、俺もハル先輩程じゃないが、変な風に注目されるのはそんなに好きじゃない。だから、新人アナウンサーなんかにキャピキャピ擦り寄って来られるとついぞんざいに扱ってしまう。ファンと違って仕事で来ている彼女らに気を遣う必要はないからだ。そういうのの積み重ねで、『冷たい』という噂が立ってしまうのかもしれない。
間も無くドアが開いて現れたのは、初老の男。校長だろう。勝瀬さんが立ち上がったので、俺も一応倣って立ち上がる。
――と、その男の後ろには、白く輝く綺麗で可愛い俺の天使がいた。
「わざわざこの様な所にお越し頂き感謝します」
「いえ。俺たちは椎名くんの個人的な繋がりで来ただけなので、どうかお気遣いなく…」
勝瀬さんがいつになく真面目に校長と社交辞令をしてくれているので、俺は遠慮なく黙ってハル先輩を見つめる事ができた。
ハル先輩は、校長の半歩後ろくらいに立って二人の会話を見守っている。
こちらをチラリとも見ようとしないのはわざとだろうか。ハル先輩はポーカーフェイスが苦手なので、校長の手前ボロを出したくないのかもしれない。
……俺との付き合いが「ボロ」とされるのは残念だが、世間一般的にはそうなのだから仕方ない。
これから部活だからか、ハル先輩は白を基調としたジャージ姿で、首にはホイッスルが下げられている。本当に「顧問の先生」をしているのだなと感慨深い気持ちにもなるが、それを勝るのは、どうして何を着ていても美しいのだろう俺の恋人は…という思いだ。
ハル先輩は白が似合う。
銀髪にも、色素の薄い透き通る様な肌にも、そして、どこまでも純潔なハル先輩自身をよく表す色だと思う。
会うのは1週間ちょっとぶりだが、先週の試合後は、ミーティングと雑誌の取材が入っていたので、デートは出来なかったのだ。だから、眼鏡やマスクで変装したハル先輩しか見ていない。
やっぱり綺麗だなぁ。好きだなぁ。今すぐ抱き締めたいなぁ。と思っていたら、勝瀬さんに背中を小突かれた。
どうも校長がお帰りになるらしい。
「それじゃあ、宜しくお願いします。椎名先生、失礼のないようにね」
「はい」
偉そうにハル先輩の肩を叩いた校長に少しムカつきながらも一応軽く頭を下げて見送った。
これでようやくハル先輩と話せる。
「今日は来てくれてありがとうございます。部員達には、特別なコーチが来てると説明して待たせてますので、早速案内してもいいですか?」
…と思ったがハル先輩はあくまで先生の顔を崩さないらしい。一昨日電話であんな事を言われたので、実のところ熱い歓迎を期待していたりしたのだが、勝瀬さんの手前仕方ないか。
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