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get cranky 2
体育館に向かうハル先輩に付いて行く途中、また勝瀬さんに小突かれて小声で囁かれた。
「お前、少しは自制しろよ」
「自制ですか?」
「椎名くん見すぎ」
「あ、バレました?」
「お前らがどういう関係かは知らないけど、お前の感情は分かった」
俺がハル先輩を恋愛感情で好きだという事もバレてしまったらしい。
「勝瀬さん、鋭いですね」
「鋭くなくてもわかるわ」
そんなに分かりやすかっただろうか。まあ、あれだけ見つめてれば仕方ないか。
俺は、別にバレてもいいのだ。寧ろ、「だから手ぇ出すなよ」と言いたいぐらいな物で。
でも、ハル先輩は学校で変な噂を流されでもしたら困るだろうし、勝瀬さんの言うように少し自制した方がよさそうだ。
体育館のドアを開ける前に、ハル先輩がピタリと足を止めて振り返った。
「二人が来ることは、生徒達には知られていませんが、教員は知っているので、もしかしたらギャラリーが来るかも知れません」
ハル先輩が少し申し訳なさそうに言った。
学校という閉鎖的な空間に外部の人間を招くのだから、教職員に知られる事は仕方ないだろう。全校生徒に押し掛けられでもしたら、バスケを教えるどころじゃなくなって困るが、教職員くらい全員見に来てもたかが知れてる。それに、俺はどういう同僚がいるのか知っておきたいのだから、ちょうどいい。
「それくらい全然大丈夫。気にしないよ」
俺が思っていた事を勝瀬さんが代弁して、ハル先輩が安堵した様に表情を緩めた。…だから、俺以外にそんな顔しちゃだめだって。
ドアを開けて体育館に入ると、ウォーミングアップをしていたらしい部員達がこちらをに視線を向けた。勝瀬さんはともかく、俺はでかいのでハル先輩の後ろに立っていたとしても目立つ。
部員達はすぐにそのデカイのが誰であるか分かった様で、アップを中断してざわめき始めた。
まじかよとか、すげーとか、興奮した様子で。
驚いてくれて何よりだ。内緒にしていた甲斐があったという物だ。
サプライズで…と言ったのは、部員たちを驚かせたい為でもあったが、殆どはギャラリー対策でもあった。先程のやり取りを見る限り、ハル先輩にはその意図もきちんと伝わっていた様だった。
「はい、集合して」
ハル先輩がよく通る声で手を叩いて言い、無駄口をやめた部員達がわくわくした面持ちでハル先輩と俺たちの回りに集まった。部員たちは、これから起こる事を期待しつつも、律儀にハル先輩の指示を待っている様だ。
「今日特別にコーチしてくれるサンフィールズの勝瀬選手と青木選手だ。今日一日という限られた時間だが、一つでも多くの事をお二方から学ぶ様に」
「「「はい」」」
「それじゃあ、宜しくお願いします」
ハル先輩が勝瀬さんに引導を渡した。
ハル先輩は顧問として、決して威圧的ではないものの、口ごたえや悪ふざけを許さない程度には厳しい姿勢で部員と対していた。
部員達は、多少のソワソワ感は残しているものの、気を引き締めて真面目な表情を浮かべている。
バスケをしている時のハル先輩は、こうだった。試合や練習で大きな声だって出し慣れているし、どちらかというとガードポジションが多かったので、指示出しも手慣れている。
バスケをしている時は、普段の柔らかい印象からは打って変わって、ストイックで冷静、知的なプレーヤーだった。パワープレイは得意ではなかったが、それを出し抜く立ち回りのできるスキルと頭脳があったし、ゲームメイクやチームメイトへの指示も的確で、その華奢で可憐な見た目とは裏腹、影のコートの支配者でもあった。
だからこそ、ハル先輩がバスケをやめてしまったことがやっぱり悔しい。
普段の癒し系なハル先輩も可愛くて大好きだが、それこそ俺なんかよりも断然クールで厳しい目付きをした男らしいハル先輩も好きなのだ。寧ろその対照的なギャップが、ハル先輩の魅力でもあるのだから。
バスケに携わる時のハル先輩は昔とちっとも変わっていない。
この部員達は、毎日ハル先輩に厳しくも優しく指導して貰っているという訳か。ハル先輩の二つの顔を知ってるという訳か。
……これはしごきがいがありそうだ。
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