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get cranky 3

俺が筋違いな嫉妬心を部員に向けている内に、勝瀬さんが部員の実力を見たいと言って、紅白戦をさせる事になった様だ。 ハル先輩が素早くチーム分けを指示して、あっという間に試合が始まった。 試合は白チームが有利に進めていて、点差も開いていく一方だ。 「あいつ、上手いね」 相手コートにダンクシュートを決めた金髪を指して勝瀬さんが言う。 白チームの得点の殆どを、その金髪が決めている。背も高く、細身ながらパワーもありそうだ。ポジションはフォワードだ。俺と同じ。そして、たぶんこいつが……。 「黒野ですね。まだまだ荒削りな所もありますが、あいつはプロになってもおかしくない実力があると思います」 「だな。あれなら、強豪校からも誘われただろうに」 「…そうですね」 「あいつ。俺がマンツーで教えてやりますよ」 「え?」 「ポジションもプレースタイルも似てるし、丁度いい」 そう。丁度いい。「黒野」が何を考えてるのか知るのに。 ついでに俺から盗めるスキルがあれば、盗んで行くといい。 俺はハル先輩みたいに気が長くないから、懇切丁寧には教えてやらない。感覚で覚えろというタイプだ。何事も、プロになるくらいにまで登り詰められるのは、その道のセンスのある奴だけだ。そして、黒野にはそれがあると思う。 「紫音、頼むな」 「任せて下さい!」 才能は有り余る程あるのに、その道を諦めるしかなかったハル先輩を思うと切なくなる。そのハル先輩が今精一杯取り組んでいることが、この部員達のスキルアップであり、静山高校バスケ部を強くする事なのだから、協力したい。邪な理由だけじゃなくそう思う。邪な理由も半分くらいあるが…。 「じゃー俺他の子達見るな」 「宜しくお願いします。あっちの赤の4番がキャプテンなんですけど、あいつも結構伸びてきてて……」 ハル先輩が勝瀬さんに他の部員の特徴を長所、短所を交えながら説明している。明らかに補欠だろう部員まで、相変わらずよく見れている。 俺はこれから指導する黒野を観察した。 自分の腕に相当自信があるのか、やや個人プレーが目立つ所なんかも、俺に似ている。 試合が終ると、ハル先輩に伴われて件の黒野がやってきた。 「よろしくお願いします、青木さん」 「おう」 タッパもあるせいか、高1には到底見えない大人びた奴で、なんというか、女が騒ぎそうな顔立ちだ。これから俺が個人指導をつけてやるっていうのに、舞い上がりもせず堂々としている。余裕綽々という感じで、全く可愛いげがない。 「じゃあ、頼むな」 そう言い置いて踵を返したハル先輩を見る黒野の目は、ただの顧問の先生を見る目では確実になくて、熱が籠っていた。 やっぱりこいつは俺の思った通りただの純粋なファンなんかじゃない。 俺はハル先輩に向けられるそういった類いの感情には鋭い。これは昔からそうだし、あの事件以降はさらに研ぎ澄まされた。だから、その一瞬の視線で確信した。こいつはハル先輩に対して俺と同じ種類の感情を持っていると。 「あ、ハル先輩待って」 既にお手本のプレーを見せているらしい勝瀬さんのフォローに入る為か、反対側のコートの方向に身体を向けたハル先輩の腕を後ろから掴んだ。 「何?」と振り返るハル先輩の掴んだ腕はそのまま、小造りな顔を何も言わずに不自然な間が空くくらい見つめた。 ハル先輩は動揺した様子で目線を泳がせた後で、こんな所でやめろという批難めいた視線を送ってきた。その怪訝な眼差しに隠れてほんの少しの恥じらいが混じった表情が実に愛らしくて、ここが二人きりの場所なら間違いなく抱きすくめていただろう。 流石にここでそれは実行できないので、柔らかな後ろ髪を払って『何か』を落とすフリをした。 「髪の毛、ゴミがついてました」 「…ありがとう」 ハル先輩は少しだけ眉を潜めてから、また背中を向けて勝瀬さんの方に向かって行った。 ハル先輩にも気づかれてしまっただろうか。 髪の毛のゴミなんて嘘だ。 これは牽制だ。黒野に対する。 そして、それは当の本人には大層効いた様で、黒野の余裕綽々だった目付きが明らかに変わっていた。 「早速始めよっか」 平然を装って声をかけると、黒野の蒼い目がキッとこちらを睨んだ。 大人びて見せていただけで、中身はまたまだ青い高校生だなと思った。尖っていて、感情のコントロールが下手くそだ。……後者に関しては、俺も他人の事は言えないが。 「俺にはあんな指導必要ないですから」 「何だって?」 「手本なんて見せて貰わなくても結構です。そんな事よりあんたと勝負がしたい」 「へー。俺に勝てるとでも?」 「そんなのはやってみなきゃ分からない」 黒野の目は、嫉妬や憤りにギラついていた。 こういう目には覚えがある。 俺も、こいつくらいの年齢の頃は、こんな目をしていた。ハル先輩が奪われたのだと勘違いしたあの時や、ハル先輩に親しげに話しかける下心見え見えな輩と対峙する時に。 自分がハル先輩の特別である事を知ってからは、そういう目をする事は少なくなったと思うが、俺の本質は変わっていない。もしもハル先輩が奪われたら以前にも増して感情が昂り自分でも何をしでかすかわからない。正直結構危ない奴だ。 こいつは、もしかしたらプレースタイル云々ばかりではなく、本質的に俺に似ているのかもしれない。 ふとそう思った時、これまで感じた中で一番強い警鐘が鳴った。 こいつはまずい。俺の中の第六感がそう告げている。 ハル先輩をこいつに近づけたくない。なぜかは上手く説明できないけど、強くそう感じた。

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