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get cranky 6

「二人とも、この後時間ありますか?お礼に何かご馳走したいのですが」 部員達にようやく解放された俺達に、ハル先輩が問いかけた。 俺は元よりこのままハル先輩の家に行くつもりだったし、本人にもそれは伝えてあったので、これは厳密には勝瀬さんへの質問だろう。 でも、一応返事はしておく。 「俺は大丈夫ですよ」 「あー、俺、これとちょっと」 勝瀬さんがウケ狙いなのか、時代遅れな親父臭い仕草で彼女と会う事を告げた。 「そうですか。じゃあまた今度の機会にお礼させて下さいね」 「ぜーんぜん気遣わなくていいからね。そもそも俺からのお礼なんだから。それに、俺も今日は初心に返ったみたいで楽しかったし」 「そう言って貰えると俺も嬉しいです」 言葉の通りに満足そうな勝瀬さんとは体育館で別れて、体育館内のモップかけが終わるまで、備え付けの体育教官室でハル先輩と二人待つことになった。 ハル先輩が後ろ手でドアを閉めた途端、当たり前だが二人きりになって、それを意識したら心臓がバクバクいい始めた。 よくAVなんかでも会社で致しちゃうものがあるが、その需要を初めて実感した。 セックスなんて知りませんみたいな顔して真面目に貞淑に働いてる神聖な職場で淫らな行為に耽るとは、なんて背徳的で燃えるシチュエーションなのだろう。 あそこにあるお誂え向きのデスクとか、キャスターのついた回転椅子とか、適度に狭いこの密室とか、全てが俺にハル先輩を押し倒せと言っている様だ。 「ハル先輩」 「何?」 俺の熱い視線に気づいているのかいないのか。どちらにせよハル先輩は、仕事モードを二人きりの甘い空気に切り替えるつもりはない様だ。 それならば……変えさせるまでだ。 「ちょ…っと、何だよ」 ずいずいっと迫る俺に、ハル先輩は流されまいと気丈に振る舞いながら後ずさる。 「ハル先輩はズルい」 「何が」 「一昨日あんな風に俺の事煽っておいて、今日一日ずっと素っ気ないんだから」 「べ、別に煽った訳じゃない」 「じゃあ、俺に会いたいっていうのは嘘?」 「…嘘じゃない」 「じゃ、いいでしょ?」 ハル先輩はデスクを背に、もうこれ以上逃げる所はない。最高のシチュエーションに、胸は高なり、あっちの方は昂る。 「何も、ここでそんな事しなくてもいいだろ」 「ここがいいんです」 「バカじゃないのか」 「バカでも何でもいいから、今したい」 「絶対嫌だ」 「絶対燃えますって」 「この変態が」 「何とでも言って下さい」 仰け反り気味のハル先輩の肩を掴んで、それ以上逃げられなくすると、ハル先輩の瞳が動揺と驚愕に揺れた。本気なのか?と。 日頃あまり見ることのないその表情に、俺の気持ちは昂るばかり。 肩を引き寄せて緊張に震える唇に口づけを落とす。 ハル先輩はされるがままだった。 頑なに閉じていた唇を舌でつついて開かせると、中で縮こまっている温かな舌をちゅっと吸う。そのまま自分の舌と絡ませて、場違いに淫靡な音を響かせた。 ようやく唇を解放すると、今度は頬や顎に吸い付く。上まできっちり締められているジャージのジッパーに手をかけた。 「もうやめろ。本気で」 ハル先輩のその言葉に顔を上げると、キスのせいか頬や目元を上気させている癖に泣きそうなハル先輩と目が合った。 可愛いすぎる。可愛いすぎる。 この人は本当に俺と同じ人間で、しかも同じ性別なんだろうか。何でこんなに可愛いのだろう。 少し下げてしまったジッパーから手を離して、ぎゅっと細身の身体を抱き締める。 細いとは言っても、元バスケ選手らしく肩回りは形のいい筋肉がついているし、女の子みたいに柔らかくもない。 それでも俺にはこの身体が、この存在が世界で一番愛しい。 「ごめんハル先輩。暴走した。我慢します」 本音では、さっきのでさらに煽られたのは言うまでもないし、嫌がるのを無理矢理に抱いて快楽で流してしまうのも最高に興奮するシチュエーションだと思うのだが、いかんせん対ハル先輩にそれは洒落じゃ済まない。やめるタイミングとしては、これを逃しては後の祭りになってしまっただろう。 強張っていたハル先輩の身体から徐々に力が抜けてきた。 ゆっくり身体を離すと、その瞳にはいつもの強気な光が戻っていて、目が合うや否や「バカ」と言われた。 「すいません」 「もう、離れろよ」 シッシとぞんざいに追い払われて、でも悪い気は全然しない。 俺達の場合、ベッドの上以外では、ハル先輩が俺の手綱を握っているくらいの関係性の方が上手くいくのだ。別に俺はマゾではないし、どっちかっていうと苛めたい側だが、「先輩」「後輩」であるのは事実だし、ベッドの上での手綱さえ渡してくれるなら何の文句もない。 体育会系の上下関係っていうのは、結構何にも代えがたいというか、絶対だ。 ハル先輩を未だに「先輩」と呼んでしまうのも、敬語を使ってしまうのも、長年の風習で、今更変えられない。 いつか「春」と呼びたい気持ちもあるのだが、それこそベッドの上でしか呼べない。照れもあるし、呼び捨てにする事に対する遠慮もある。 それに…俺しか呼ばない特別な呼び名を使うのは、結構独占欲を満たしてくれるのだ。俺は初めから――中学で出会ったあの頃から、無意識にそれを意図していたのかもしれない。 暫くして、ノックの音と共に、「終わりましたー」という声が外から聞こえてきた。知らない声だ。少なくとも黒野じゃない。 その声にハル先輩が「お疲れ」と返事をした。 たぶんこのやり取りは恒例で、『さっきの』を続けていたら、ハル先輩は俺に愛撫されながら返事をしなければならなかったのだろう。 それはそれで俺にとっては物凄くイイが、ハル先輩にとっては堪ったものじゃないだろう。 やめてよかったのだ。このシチュエーションじゃなくても、後で続きはできるのだし。 「俺達も帰りますか」 「…夕飯、奢れよ」 「え、俺がですか?」 振り返ると、まだむっとしてるハル先輩がこっちを睨んだ。怒らせたのだから機嫌を取れという訳か。 「分かりましたよ。俺、ジャージで来ちゃったから、いい店には入れませんけど、いいですか?」 「どこでもいい」 むっそりしながらも、ハル先輩は俺の後を追って教官室を出て、鍵を閉めると隣を歩いてくれた。 ハル先輩は意外と子供っぽい所があって、一度臍を曲げたら、暫く元には戻らない。 いつもの感じからいくと、多分もう怒ってないんだろうけど、機嫌を直す理由と切っ掛けが欲しいのだ。それが「奢れ」という事なのだろう。 夕飯代くらいでハル先輩の機嫌が元通りになって楽しくデートできて、更には可愛いらしいハル先輩を抱けるのなら、そんなの安いものだ。 夕飯はどこでご馳走しようか。この格好で入れるとしたら、駅前の牛丼屋か、ラーメン屋かな。 最近は時間がないというのもあって、ハル先輩との食事にゆっくり時間を費やせていない。経済的には大学時代よりも潤っているのに、ファストフードばかり食べてる。 今度、美味しいイタリアンでもリサーチして、ご馳走してあげようかな。 きっと喜んでくれるだろう。 今日の所は、ワンコインで赦してください。その代わり、ベッドの中では甘い時間を約束しますから。

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