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special to me 2

―――放課後。 今日も当然部活で黒野に会うわけだが、どんな顔して会えばいいのだろうか。教師である以上、平然と、ドシンと構えていなければと思うのだが、俺は昔から自分の心を誤魔化すのが苦手だ。動揺しているのを上手く隠さないと…。 「しいちゃん、しいちゃん大変!」 そんな繊細な事を考えていた俺を裏切るというのか、助けるというのか、当の黒野が物凄く慌てた様子で廊下を歩いていた俺に声をかけてきた。 「どうした!?」 「大変なんだよ!ちょっとこっち!」 その余りの慌てぶりに、俺も昨日の事は一旦忘れて、走る黒野について行った。一体何があったのだろう。 黒野に連れて行かれた先は、家庭科室だった。 鍵がかかっている筈のそこは、黒野がドアを持ち上げて少し左に傾けると開いてしまい、校長に報告して鍵を付け直さなければと思った。 「こっち!」 中に誰かいるのだろうか。尚も焦った様子の黒野について中に入ると、ステンレス天板の大きな机の裏に黒野がしゃがみこんだ。手招きされてそれに倣って隣にしゃがんだら、―――またキスされた。 その手の早さというか手際の良さは思わず脱帽するくらいで、座った途端顎に手をかけられ、上を向いた時には既に目の前に黒野の顔があって…。 「何するんだ!」 突き飛ばされて尻餅をついた黒野を厳しい目で睨んだ。 「お前はまた嘘ついて俺を…」 「嘘じゃないよ。しいちゃんに嫌われたんじゃないかって、俺もう凄い大変だったんだから」 「そんなん、自業自得だろ!」 「じゃあ仲直りのキスってことで」 「何を言ってるんだ。もう行くぞ俺は」 「ちょっと待って」 「おい離せ…っ」 黒野に両手を取られ、立ち上がれない。高1の癖になんでこんなに力強いんだよ。そう考えてる隙に黒野の上半身が覆い被さってきて、俺の視界の全てを覆った。 ―――真剣な眼差し。いつも弧を描いている唇は真横に引き結ばれて、普段の余裕は見当たらない。いつも見せていた子供らしい表情ではなくて、大人の男の顔。その表情は、少しだけ紫音に似ていて―――。 怖い訳ではないのに、金縛りにあったみたいに黒野の蒼い瞳から視線を外せない。 「黒野」 「違う。名前呼んで」 「颯天…」 「正解」 近づいてくる黒野を見上げたまま、1ミリだって動けなかった。動かなければ、拒否しなければ、何をされるかは分かっているのに。 そっと重ねられた唇。初めて不意打ちではないそれは、唇の膨らみすら押し潰さない位に本当にただ触れているだけだった。それが、探る様な動きで少しずつ押し当てられて、相手の唇の裏側の、濡れた粘膜の感触を唇の先で感じた所で、またゆっくり離れて行った。 徐々にはっきりする黒野の輪郭。それを微動だにせずただ眺めている俺は一体どうしてしまったのだろう。 「しいちゃん可愛い」 目の前の黒野が、逆上せる位の甘い顔でそう言ったのを見て唐突に我に返る。 本当に俺は何をしているのだ、生徒相手に…! 「もう離せ」 「やだって言ったら?」 「離せ」 「じゃあ、俺の気持ち分かってくれた?」 「……」 「答えてくれないと、またキスするよ」 そう言って、本当に黒野はまた顔を近づける。 「やめろって言ってるだろ!」 掴まれていた腕は、さっきとは違い簡単に振りほどけた。いつからこんなに緩くなっていたんだろう。俺は、いつから逃げられる状態だったのだろう。 「俺、諦めないから」 立ち上がり、逃げるようにドアに向かう途中、黒野が言った。あまりに動揺していた俺は何も答えられなくて、振り返ることもできずに教室を出た。 何をやってるんだ、俺は。本当に、何を……。 志垣先生に言われた言葉が蘇る。 『貴方ならなりかねない』『生徒を誘惑してる』『淫乱の気がある』 何をバカな事を。人をバカにして。そう思っていたのに、俺は志垣先生の言う通りじゃないか。 逃げれたのに、拒絶できたのに、そうしないで。しかも、何でこんなに心臓が早いのか。 これじゃあまるで、紫音を相手にした時みたいじゃないか。おかしい。こんなのおかしい。 俺は、紫音以外からあんな事されて、これまで一度だってこんな風になった事はないのに。寧ろ、気持ち悪くて具合が悪くなって、顔を青ざめさせていたはずなのに、今の俺はどんな顔をしている…? 最低だ。教師として、大人として、人間として。 こんなんじゃ、俺はただの節操なしのアバズレじゃないか。

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