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special to me 6

物凄く嫌な予感がしてギクリと怯んだ隙に飛び掛かられて、よろめいた身体をビルの影に引き摺りこまれた。 俺のポンコツな身体は、また言うことをきかなくなっていた。この男に触られた感触や、いやらしい息遣いを思い出して、凍り付いてしまった。 「君の匂いと感触が忘れられなくてずっと狙ってたんだけど、君結構警戒心強いんだね。でも今日はどうしたんだい?わざわざこんな人のいない通りに入って。もしかしてお誘いかな?」 このところずっと感じていたあの違和感は、気のせいではなかったのだ。その正体があの男ではないにしても、確かにつけ回されていたのだ。 全然力が入らない両手を掴まえられて、片側のビルの壁に身体ごと押し付けられる。 男の顔が迫ってきて、反射的に顔を背けるが、男はお構いなしに耳に舌を這わせた。 鼓膜に響く粘着質な音と、肩が竦む様なその感触。 「や…め……ッ」 「君本当にいい。とびきり綺麗で焦らし上手だし、声もいい。最高」 男のざらついた舌が、頬をベロンと舐める。耳の中に舌を捩じ込む。鳥肌が立つ程気持ち悪いのに、俺の身体はやっぱり力が入らない。ついには俺の両手は一纏めにされて、男に片手で拘束される。 「やっぱり君、嫌がってないよね?こうされるの、本当は望んでたんだ?」 「な…にを」 思わず背けていた顔を正面に向けて男を見据える。ちゃんと否定したいのに、唇が震えて上手く声が紡げない。嫌がってない筈ない。嫌で嫌で堪らないのに。 「本気で嫌なら、死に物狂いで抵抗するよね。認めたくないの?」 「ちがう!んっ…」 逃げ遅れた唇を強引に捕らえられる。無遠慮に入ってきた舌に口の中を掻き回されて、不快な臭いの唾液を含まされる。 余りの嫌悪感と気持ち悪さに、知らない内に涙が頬を伝った。 「泣くほどヨかった?」 でへらとだらしなく口元を緩めた男の手が、俺の下半身に伸びる。 「あれ?まだ反応してないんだ。ほら、おじさんなんて、もうこんな」 男はそう言いながらチャックを下ろすと、硬くなった塊を取り出して太股に押し付けてきた。 「ねえ、おじさんのこれ、舐めてみて。大丈夫、簡単だよ。ペロペロキャンディ舐めるみたいに舐めてくれたらいいから。きっと君はこれが好きだよ」 震える身体で嫌だとぎこちなく首を振ったが、頭を凄い力で押さえつけられて跪かされた。 「さあ、ほら。咥えて」 せめて屹立した男のモノから目を逸らすように横に向けた顔を、髪を掴まれて正面に戻される。 「早く、口、開けて」 頭を男の股間に押し付けられ、頬をあろうことか赤黒い肉塊で叩かれる。乱暴な扱われ方と、ドクドクと脈打つその硬くて熱い感触、饐えた臭いが鼻について、勝手に記憶が擦り変わる―――。 『春が大好きなもの飲ませてあげるから、しゃぶりなさい』 『ほら。もっと奥まで咥えて。一滴も溢さず、ちゃんと味わって飲むんだよ』 男が何か言っているが、その言葉が全部違う言葉に、声に置き換わる。 身体がガクガク震え出す。 ここは路地裏だ。部屋じゃない。 目の前の男は、ただの痴漢だ。あいつじゃない。 未だほんの少し残る自分の冷静な部分が、必死に錯覚しかける自分自身に語りかけるが―――。 『あーあ。溢しちゃった。…今日はどんなお仕置きにしようか?たっぷり虐めてあげるからね』 もう限界だった。 「うわっ…!何だよいきなり!」 突然身体を折り曲げて嘔吐し始めた俺に、目の前の男が逃げるように後ずさった。 この隙に逃げないと。そう思っているのに、吐き気が収まらない。震えが止まらない。身体が動かない。 そうこうしている内に気を取り直したらしい男に、また髪を掴まれ立たされる。 「汚いなぁ。おじさんも流石にそっちの趣味はないんだよ」 シャワー浴びて貰わないと抱けないよ。 そう言った男に肩を抱かれて歩かされる。 「離してくれ」 「またまた。口だけでしょ?本当は期待してる癖に」 思うように動かずに縺れる足。力の入らない身体。震える声。 全部、この男の言う通り。全然抵抗になっていない。嫌なのに。こんなに嫌なのに…。 「しいちゃん?」 その声がかかったのは、ビルの影から出てすぐだった。 その声と姿に覚えがあるであろう男がギクリと立ち止まった。 「お前…!」 同時に男の正体に気付いた黒野が、血相を変えて駆け寄ってきた。逃げ出そうとした男を素早く掴まえると、首根っこを掴む様にして連れてきた。 「おいおっさん、どういう事?」 「な、何を疑ってるのか知らんが、合意での事だ!」 「あ?んな訳ねえだろ!つまんねえ嘘つきやがって」 「本当だ!この兄さん、全然嫌がってなかった!」 「うっせえ!黙れ!携帯出せコラ!」 黒野はまるでオヤジ狩りの若者の様な柄の悪さで男から携帯を取り上げると、検分し始めた。 この状況では黒野の金髪はまるで不良のそれみたいに見えてくる。 「ふーん。なーんだおっさん、奥さんと子供もいるんだ。娘さん中学生?高校生?」 黒野が弄る携帯画面には、家族写真らしきものが表示されていた。 「あー。この真由美って人が奥さんで、瞳ってのが娘ね。で、これがおっさんの勤務先か。電話しちゃおうかな」 「や、やめろ!」 「だっておっさん全然懲りてねえみたいだし。あ、男の裸の写真もいっぱい入ってる!うわ、これ、おっさんのハメ撮り?キモっ。これ、一斉メールで送っちゃうか」 「やめてくれ!」 「どうする?しいちゃん。俺としてはこいつ再起不能にしたいけど、優しいしいちゃんの温情で、お情けかけてあげる?」 「どうか、家族と会社だけには…!」 ついさっきまで俺の髪を引っ付かんで好きにしていた男が、今度は俺にすがるような目を向けている。 黒野が掴んでいなければ、足下に擦り寄って来そうな勢いだ。 「しょうがねえなぁ。でも、保険として、奥さんと子供と、会社の番号貰っとくね。あ、あとこのキモい動画と、ついでにこの笑える画像も。もしまたしいちゃんに近づいたら、この画像と動画すぐに一斉送信してネットにもアップするから」 「もう二度と!二度と関わりませんから!!」 「おら、さっさと失せろ!腐れ外道」 黒野から携帯を返して貰った男は、脱兎のごとく走り去って行った。 俺は、まだ震えそうになる身体を必死に押さえつける事しかできなかった。

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