48 / 236
gently than anyone 1
今日は恋人たちの日。クリスマスイブだ。
プレゼントは用意してある。有名ブランドのネクタイとタイピン。本当はアクセサリーを送りたいのだが、ハル先輩は仕事柄アクセサリーの類いはつけないし、だったら実用的な物の方がいいかと思った。
それに、ネクタイというのは、結構セクシーな小物だ。まず、首に巻くという時点で色っぽいし、ネクタイを緩めて、開襟シャツのボタンを数個外して覗く白い肌は非常に淫靡だ。
ネクタイを外した後は、それで手首を緩く緊縛してやるのもいい。……ハル先輩の反応が怖くてやった事はないが、かなり興味のあるプレイだ。
店も、予約してある。
隠れ家的な代官山のイタリアン。下見をして個室がある事はわかったし、味も自分の舌で事前に確かめたから確実だ。
ここ最近ちゃんとデートできてない分、今日は最高の一日にしたい。
何故か、最近ハル先輩の様子がおかしいのだ。少しよそよそしい気もするし、元気もない。
中谷さんによると、学校では特に変わった様子もないし、変わった出来事もないということだったが、気になって仕方がない。
でも、俺は追求を我慢していた。いつもしつこく追求してハル先輩を呆れさせたり怒らせたりしていたから、スパイ(中谷さん)からの情報を信じて、変な事は起こっていない筈と言い聞かせ、根掘り葉掘り追求したくなる自分を抑えていた。
もしかしたら、ハル先輩は寂しいのかもしれない。会えるのは2週に1回だ。本当は、平日も会いに行きたいのだが、あんまり頻繁に行っているのを週刊誌に撮られても困ると思い、行けずにいる。
中谷さんが言っていた様に、俺達が『付き合ってる』という噂は確かに蔓延っていたらしく、そういうのを掘り起こされて、変な記事を書かれても困ると思ったからだ。俺は別にどうでもいいが、ハル先輩は目立つのが嫌で第一線を退いたのだから、そんな下らない事に巻き込む事はできない。
俺が騒がれているのも今シーズン限りだろうから、1年我慢しようと、俺はそう思っていた。ハル先輩には週刊誌の記者の事も、俺のその気持ちも伝えていなかったから、もしかしたら不安にさせているかもしれない。
素直じゃないハル先輩が、「寂しい」とか「不安だ」とかいう自分の気持ちを正直に打ち明けられないだろう事は分かってたのに、俺は配慮が足りなかったな。
街はイルミネーションに彩られ、どこかの店から聞こえてくるクリスマスソングが、気分を盛り上げる。でも、天気だけは人間の都合のいい様にはできない。ホワイトクリスマスというのは、クリスマスデートとしては最高の装飾になると思うが、雪が降る気配もない。
札幌の雪を、ハル先輩にも見せたかった。こっちで降る雪は、なんだかべちゃべちゃしていて、すぐ黒く汚れてしまうが、北国の雪はサラサラでキラキラしていて本当に綺麗だった。
年末年始の休みは、二人で北海道へ旅行するのもいいな。キラキラ輝く銀世界に立つハル先輩は、さぞ美しいだろう。
そんな事を考えていた時に向こうから歩いてくる雪の様に綺麗な人を見つけた。既に到着している俺を見つけると、小走りで駆け寄ってくる。
「お待たせ」
「いーえ。仕事大丈夫だったんですね」
「急いで終わらせてきた」
俺の為に。俺とのデートの為に、大急ぎで帰ってきてくれたのだ。なんていじらしく愛らしい事だろう。
見下ろすハル先輩の吐く息が白い。雪が降らなくても、気温は大分低い様だ。
「寒いですよね。店、予約してありますから、タクシー乗りましょう」
「あ、うん。タクシーって事は店遠いのか?」
「少し。代官山の方なんです」
「代官山…」
ハル先輩は何故かそこで言葉を詰まらせた。代官山に何かあったっけ?こういう時連想するのは、あの男の事。たが、あいつのマンションも代官山ではなかったし…。あ!もしかしたら、あいつに連れていかれた事があるのかもしれない。
「ハル先輩、もしかして嫌な思い出でも…?違う所にしますか?」
「いや、そういう訳じゃない。せっかく予約してくれたんだから、そこに行こう」
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
ハル先輩もそう言っている事だし、他に個室もあってお洒落で雰囲気も良くて美味しい店を知っている訳でもなかったので、タクシーに乗り込んだ。
ともだちにシェアしよう!