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gently than anyone 2

「これから行く店はイタリアンで、魚介系のパスタが絶品なんですよ」 なんだか少し元気のないハル先輩の気持ちを少しでも持ち上げようと思った。ハル先輩はミートソースとかの肉々しいものより、サッパリした魚介ベースのパスタを好むので、前回リサーチの為に中谷さんと行った時はハル先輩が頼みそうな物ばかりをハーフサイズで頼んだ。 塩味の物も、トマト味の物もどちらも美味しかったので、きっとハル先輩も喜んでくれると思う。 「紫音行ったことあるんだ」 「え、ええ。まあ」 わざわざこの日の下見の為に食べに来たなんて言うのは、スマートじゃない。常連だぜみたいな雰囲気を出せたら、ハル先輩も格好いいと思ってくれるかもしれない。 「誰と?」 「あ、いや…ただの友達と。…よく行くんですよ」 「…ふーん。そっか」 あ、あれ。なんか疑ってる?俺、既にスマートじゃない感じか?こんな事なら変な見栄張らなきゃよかったかな。 そうこうしている内にタクシーは店の前に着いた。 代金は当然俺が払って、車を降りる。 「紫音、悪いな」 「大丈夫ですよこのくらい。あの、今日は久々だし、俺にご馳走させてくださいね」 「…なんで?」 「何でって…最近牛丼とかラーメンとかばっかだったし、今日はクリスマスだし、久々にデートらしい感じにしたいから」 「それだけ?」 「それだけ?それだけ…ですけど」 「だよな。ごめん」 どうしたのだろう?なんかやっぱりハル先輩変じゃないか?一体俺に何を言わせたいんだ? 疑問に思いながらも店に入る。名前を告げると個室に案内された。案内してくれた女の子は、この間も給仕してくれた子だったらしく、「いつもありがとうございます」と言ってくれた。これで結構常連感が出た気がする。 「ハル先輩何にします?ペスカトーレ美味しかったですよ。あ、あとボンゴレ・ビアンコも」 「そうなんだ。じゃあ、ボンゴレにする」 「いいんですか?もっとメニュー見てからでも。結構珍しいのも載ってますよ」 「いい」 「そうですか…、ワインはどれにします?魚介なら白がいいかな?」 「何でもいいよ。紫音の好きなので」 「そう…ですか。じゃあ、これにしますか」 タイミングよく来た店員に注文を伝える。ワインに合いそうな前菜も適当に追加して。俺はいつも通りボロネーゼを頼んだ。この間はリサーチの為だったから、自分の好きなものは食べなかった。 間もなくワインと前菜が届いて、注いで貰ったそれで乾杯をした。形だけの乾杯だ。ハル先輩はちっとも楽しそうじゃなくて、ワインだって結構いいのを頼んだのに、特に何の感想もなかった。 こんな筈じゃなかった。 俺の頭の中では、まずハル先輩はこの小洒落た外観と内装に少しワクワクして、「どれにしようかな」と沢山あるパスタやピザのメニューを眺めて頭を悩ます。そして、前菜は何にするかとか、ピザも食べたいから半分こしようかとか言いながら二人で注文するメニューを決めていく。 それなのに、なんでハル先輩はこんなに楽しくなさそうなんだろう。流石の俺もこれにはへこまざるを得ない。 「ハル先輩、やっぱこの店気に入らないですか?」 「いや、別に」 そうは言っても、この態度だ。気に入らないのだろう。 ここに来る前から片鱗はあったのだから、予約をキャンセルして他の店を探すべきだったのだ。 でも、正直がっかりだ。 俺は、かなり今日を、ここで過ごす時間も含めて楽しみにしていたし、下見に来るくらい気合いも入れたつもりだった。きっと喜んでくれるだろうとか、楽しく過ごせるだろうという期待が大きかった分、落胆も大きい。こんな筈じゃなかった。 この結果は誰のせいでもない。店のせいでもない。それは分かっているが、何かに当たりたいくらい、胸がモヤモヤ気持ち悪い。 メインのパスタが来てからも、会話は盛り上がらず、ハル先輩はポツリと「美味しいね」と言ったきり、他に感想はくれなかった。 なんだろう。何が気に入らないのか分からないが、せっかくのクリスマスイブ。忙しい二人が時間を合わせて会ったのだから、もう少し楽しく過ごそうという意志が感じられてもいいのではないか。 俺はハル先輩にベタ惚れだし、溺愛している。多少の憎まれ口は可愛いなと思うだけだし、めったな事でもなければハル先輩にイラついたり怒ったりする事はない。が……今は結構俺もピリピリしている。 俺が勝手に妄想してた期待を裏切られた事に、ムカムカしている。

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