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gently than anyone 6

そして、暫くそのまま睨みあって、先に折れたのはまたハル先輩だった。 「顔、相手のアレで叩かれた。それだけ」 「え!!」 なんて事だ。アレって、アレだよな?『ほら、口開けなよお嬢ちゃん』的な展開の、アレ? この天使の様に美しい顔を、あろうことか汚い中年のあれで叩くなんて、触れるなんて、そんなの許せなすぎるし、それに…。 「それだけって、本当にそれだけ?」 「そう言ってるだろ」 その状況で口に突っ込まれないというのは考えにくいが、ハル先輩は嘘ついている風でもないから、口の中は無事だったのだろう。 そう言えば黒野が助けに来たと言っていたから、ここで助けられたのかもしれない。 そんな卑猥な場面黒野に見られたと思うとそれはそれで腹が立つが、それだけで済んだのは黒野のお陰だ。かなり癪だが黒野に感謝するしかない。 あーでもすげえムカムカする。モヤモヤする。 ハル先輩は、俺だけのハル先輩なのに。その身体を俺以外の男が好きにしたと思えば、怒りと嫉妬が込み上げてどうしようもない。 もうハル先輩がどんな顔してるかとか、確める余裕もない。 「俺、その男の感触覚えてて欲しくないし、ハル先輩に同じ事してやりたいとか思っちゃってるんですけど。でも、流石にハル先輩の顔叩いたりは出来ないから、抱くわ」 ハル先輩の返事を聞く間もなく抱き寄せて、キスをした。深くて、濃厚なやつを、ハル先輩が苦しくなるくらいしつこく。 次第に目論み通りハル先輩の呼吸が乱れ、目元や頬が紅く染まる。 その親父の前でこんな顔もして見せたのだろうか。くそ。こんなトロけた表情を見るのは、俺だけの特権だったのに。 あー。本気で閉じ込めておきたい。俺の部屋に座敷牢とか設置しようかな。誰の目にも触れさせたくない。誰かがハル先輩に欲情してるかもとか考えるだけでムカムカする。 いつもより性急に、そして少しだけ乱暴にシャツのボタンを外した。 たちまち現れる滑らかな肌の誘惑にクラクラする。 男だから当然胸の膨らみはないが、それでもまな板の様に真っ平らな訳じゃない。ピンク色をしたかわいい突起が対称的に並んでいるし、薄くついた胸筋と、その間の胸骨の僅かな窪みが非常にセクシーだ。 俺にとっては、豊満な乳房の膨らみよりも、尖った鎖骨やなだらかな筋肉の方が色っぽい。それに色気を感じるのはハル先輩限定でだが。 腹だって、可愛らしい臍と、こちらも薄いが確かに存在を主張する腹筋が艶っぽい。 体毛は殆どない。 たぶん、女性よりもない。女性は手足のムダ毛の処理を怠ると結構悲惨な事になるらしいが、ハル先輩はムダ毛処理なんかせずとも自然な産毛がごく薄く生えているだけ。女性の処理後の少しチクチク感の残る肌よりも断然滑らかですべらかな肌だ。 しかもその産毛も色が髪の毛と同じ色だから、目を凝らさないと見えない。今はまだスラックスに被われてる下半身の大事なところと腋の下は多少生えているが、かなり薄いし範囲も狭い上に色もあれだから、存在感がない。 まるで少年の潔癖さを残しながらそれでも成熟した身体は、本人の意思とは無関係にとても淫靡で、それでいて対照的に神聖だ。 本当にこの人は、奇跡の様に美しい。 神の子なのだとか、天使なのだと言われても信じてしまうくらい綺麗だ。 そう、綺麗なのだ。この人は―――。 「ハル先輩…俺また暴走した。変態親父がなにしようと、ハル先輩を穢す事なんて出来ないんだった。俺間違ってました。上書きする必要なんてないんだ。消毒だって必要ない。もうそいつの跡なんか全然残ってない。ハル先輩は、身体も心も全部綺麗だから」 ハル先輩の美しさと神聖さを前に、我を忘れていた事にようやく気づいた。 嫉妬して、同じ事してやるなんて、愚かな事を考えた物だ。俺がしなきゃいけないのは、消毒でも、その変態と同じ事でもない。 ただ優しく抱き締めて、ハル先輩の傷を受け止めてあげることだ。 いくらハル先輩が無抵抗だったとしても、嫌だったのは嘘じゃない筈だ。 怖かった事だろう。プライドだって傷ついただろう。 そうだ。ハル先輩は『抵抗できなかった』と言ったのだ。『しなかった』ではなく、『できなかった』と。怖かったんだ。昔を思い出して、動けなくなったんだ。 それくらい、少し冷静に考えればすぐ分かることなのに、俺はなんて最悪な対応をしてしまったのだろう。ハル先輩を責めて、問い詰めて、傷つけたのだ。本当に最低だ。 俺がしなきゃいけなかったのは、もう大丈夫だと怖くないんだと安心させてあげることだったのに。 俺が誰より優しくなくてどうするんだ。ハル先輩の全てを理解できるのは、これまでも、これからも俺ただ一人なのだから。 自分のこの暴走癖は、直さないといつか本当にハル先輩から愛想を尽かされそうだ。ヤキモチと独占欲が暴走すると、俺はアブナイというか、あのクソ変態と同じくらい猟奇的な奴に変貌する。最後の理性は残しているつもりだが、それでも充分ヤバイ奴に。 「ハル先輩、ごめん。本当にごめん。酷い事されて、ハル先輩傷ついてるのに、俺、更にハル先輩を傷つけた。最低だ。本当に最低。ごめん。ごめんね」 さっきとは違い、壊れ物を扱う様にそっと抱き寄せると、ハル先輩の身体はくたりと寄りかかってきた。 そうだ。こうでなきゃいけない。俺の前で、身体を強張らせるなんて、そんな風にさせてはいけない。 俺の腕の中が、一番リラックスできて、安心できて、癒される場所でなくてはいけない。それなのに俺は何てこと…。 「俺もごめん。俺だって紫音が他の奴とキスしたら、凄く嫌なのに……。だから、俺の事ムカつく気持ちは分かる」 ハル先輩が声を詰まらせながら言った。もしかしたらまた泣かせてしまったのかもしれない。 『ムカつく』。そう言われてはっとした。そうだ。俺は確かにムカついてた。初めはその変質者に。そして、次に無抵抗だったハル先輩自身に。 無抵抗だったのは、ハル先輩が悪い訳じゃないのに。ハル先輩の事だから、抵抗出来ない自分を責めたり恥じたり蔑んだり、一通りの自己嫌悪と自責を全てしただろうに、それを俺が更に責めるなんて、本気で恋人としてあるまじき事だ。過去の事知らないならまだしも、知っているのに、だ。 「ハル先輩謝らないで。これは俺が悪い。全面的に、俺が悪いから。俺がガキで、自己中だったせいなんです。本当ごめん。俺がハル先輩の一番の理解者でなきゃいけないのに…。俺、ハル先輩の事、ちゃんと知ってるつもりだったのに、全然分かってなかったのかもしれない」 何か性的な接触を仕掛けられたら抵抗する筈だと思っていたその考えが甘かったのだ。 あれだけの事をされたら、そういう時に恐怖で身体が固まってしまうという事だって考え得る事なのに、俺はこれまで一度もそれを危惧した事も想定した事もなかった。 「そんな事ない。紫音はいつだって気遣ってくれてる。俺が、弱いだけだ。いい加減、7年も経って忘れてもいい頃なのに、まだ……」 ハル先輩からあの時の事を連想する言葉を聞いたのは、かなり久しぶりだった。ハル先輩自身が、それについて語ることを拒んでいたからだ。それを口にさせる程に、俺はハル先輩を追い込んでしまったんだ…。 俺はハル先輩があの事件のトラウマで苦しんでいる事は知っていたけれど、ハル先輩が話したがらない以上、敢えてそれに触れないようにしてきた。 人間の受けた非常に強いストレスに対する一番の治療は、時間だと俺は思ったからだ。時が経てば、どんなに悲しい出来事も、その当事の様な感慨を浮かべることはなくなる。でも、それは記憶からなくなる訳ではなくて、新しい記憶に押し退けられて、古い記憶になっていくんだと思う。新しい記憶がかさぶたみたいにそれを覆ってくれる。あの事件の事も、いつかそうなるだろうと、鷹を括っていた所があったのだ。 でも、ハル先輩にとっては、あの出来事は未だじゅくじゅくと膿んでいるのだろう。傷が深すぎて、かさぶたとなる思い出も、時間も、まだ足りないのだ。

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