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into the night 2
やっぱり紫音に中谷先生の事を話した方がいいのかもしれない。
紫音が中谷先生の事を何とも思ってなくても、片方が好意を持っている以上、このまま2人が仲良くしているのはやっぱり嫌だ。
中谷先生は人当たりがよくて、見た目だって清潔感があって悪くない。俺と違って素直そうだし、紫音にだってストレートに愛情を示していそうだ。このまま中谷先生に押されて、紫音が中谷先生を好きになったりしたら、最悪だ。そんなの嫌だ。
でも、『仲良くしないで欲しい』なんて、そんな図々しい事言う権利は俺にあるのだろうか。紫音は中谷先生の事を『ただの友達』と言っていた。その『友達』との付き合いを制限する権利なんか、俺に……。
「あ、しいちゃん」
考え事をしていて声をかけられるまで全然気づかなかったが、黒野と擦れ違ったらしい。
『しいちゃん』との呼び名に、条件反射で周囲を見回したが、俺と黒野以外には誰もいなかった。
「どうしたの?難しい顔して」
「いや別に」
「しいちゃん、イヴの日サングラスかけた背の高いイケメンと一緒に歩いてたんだって?クラスの奴が騒いでた」
またイヴの日の話か。サングラスの背の高いイケメンとは、間違いなく紫音の事だろう。街中なんかの人通りの多い所に行くときは、紫音は騒がれない様に変装をする。サングラスなんてかけても、一般人よりも頭一つ分飛び抜けているし、なんとなくオーラが違うので人目を引くのは変わらないが。
すぐにタクシーに乗ったのでそんなに街中にいた訳ではないのだが、紫音があんまり格好いいから、目立ってしまったらしい。
「それってどーせ青木さんでしょ?いいなー。あーあ。なんでウィンターカップ予選で勝たなかったんだろ」
「ウィンターカップ?」
話の脈絡が読めない。確かにウィンターカップは予選で破れたが、それは秋の事だし、このイヴの話と何が関係しているのだろう。
「だってウィンターカップ出場出来てたら、イヴも、クリスマスだって俺がしいちゃんと一緒にいられたのになーって」
確かに、毎年ウィンターカップはクリスマスを挟んで開催されるけど…。
「お前、『いいな』ってそっち?」
「そっちって、何?俺が青木さんとイヴ過ごしたい筈ないじゃん。気持ちわるー。しいちゃんと過ごしたかったなって言ってるの」
あ、そうか。そうだよな。黒野と紫音は1回しか会ったことはないし。でも、中谷先生にああ言われたばかりだったから、『いい』のは紫音の事だとばかり思い込んでいた。バスケ少年から見たら、俺なんかよりも紫音の方がよっぽど憧れの対象だろうし。
でも、黒野は相変わらず俺を慕ってくれてるんだなぁ。
俺には俺なりの価値があるって言って貰ったみたいで嬉しい。そりゃあ、紫音と同等とは言えないが、相応しいか相応しくないかだって、紫音が決める事なんだから。
中谷先生の言葉でまた無意識に少し自虐気味になっていた気持ちを持ち直せた。黒野のお陰だ。
「ありがとな、黒野」
思ったまま言うと、途端に黒野の顔が真っ赤になった。
「しいちゃん、その笑顔反則」
え…。
この反応って、もしかして照れているのか?
確かに先週黒野に告白紛いの事をされたが、あれはなかった事にするんじゃなかったのか?
だってあれからずっと黒野は普通だし、変な事を仕掛けてくる事もなく、本当にいつも通りだった…のに。
左手をグイッと引かれたかと思ったら、黒野の顔がドアップで、唇を柔らかい物がほんの一瞬掠めた。
黒野がペロリと唇を舐めて、ニヤっと笑う。
あ……俺はまた―――。
「黒野、お前っ!!」
「ごちそうさま」
ついさっきまで真っ赤だった黒野は、今度はイタズラが成功した子供みたいな顔をして「じゃあね」と駆け出した。ちょっと離れてから、「よいお年を」なんて声を掛けてきた。
完全におちょくられている。
10近くも年下に誂われるなんて、最悪だ。
でも、それよりも何よりも最悪なのは、またキスをされてしまったという事実だ。
紫音は、俺があの変態にキスされた事を凄く怒っていた。その時一緒に連想したのは、黒野の事だ。
黒野とのキスは、不意打ちばかりだったけど、1度だけ甘んじて受けてしまったキスがあった。
それを思い出すと、紫音への罪悪感でいっぱいになる。それでも、紫音に軽蔑されるのが怖いから、絶対に打ち明けられない。
黒野とのそれは、あの変態にされた物とは決定的に違う。黒野には嫌悪も恐怖も感じないのだ。でも、そのせいで自己嫌悪が酷い。
紫音に似てるせいだとか、そんなのは言い訳にしか過ぎない。だって、似てるとは言え別人であることは当然分かっているから。俺は自分がこんな節操なしだとは知らなかった。本当に最低だ。紫音の浮気を疑う前に、自分が確りするべきだ。
もう二度と紫音以外とキスしないって決めたのに……。
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