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into the night 5
次に目を開けたとき、俺は誰かの腕の中にいた。
紫音…?
一瞬そう思ったけど、匂いも腕の硬さも太さも感触も、全部紫音とは異なっていて、反射的に身体を起こした。
そうして俺がいるのがベッドだと気づいて、何も身に付けてない事に気づいて、その部屋がそれ専用なのに気づいて、その全ての事実が俺を青ざめさせた。
俺を抱き込んでいた腕の主は、「うーん」と唸って目を擦りながら頭を挙げた。若い男。知らない顔。知らない声。
「起きたの?」
「どうなってるんだ…?」
声が上擦った。何が何だか分からなくて怖い。でもこの状況を理解したくない。
「あれ?覚えてない?君あんなに積極的だったのに?」
「な、何の事だよ!あなたは誰!?」
この状況で積極的だったって……。凄く嫌な予感が頭を掠めた時に、寝そべっていた男が身体を起こした。いきなり腕を引かれて男の胸の中に抱き抱えられる。
「触るなっ!」
紫音との練習の成果だろうか。それとも反射的な物だったのだろうか。どちらにせよ、俺は男を突き飛ばす事に成功した。
勢い余って再び仰け反って倒れた男は、またむっくり起き上がって、大して痛くもなさそうに「痛いなぁ」と言った。
「さっきあんなに愛し合ってたのに、全然覚えてないの?」
「嘘だ!」
「嘘じゃねーし。俺男初めてだったのに覚えてないとか酷くね?てか、男となんかやる気なかったのに、君があんまり可愛いから、手が止まんなくなっちゃった」
へへ…と笑う目の前の男の言っている事があんまりな内容で、ショックを通り越して頭が真っ白だ。何か反論したいのに、言葉が出てこない。
……この男の言う通りだとしたら、俺はまさかこの見たこともない男と寝たのか?
そんなの到底信じられない。大体この男は誰なんだ。何で自分はここにいるんだ。
「なあ、覚えてないなら動画見る?」
「ど…うが…?」
「そうそ。依頼のついでで録ったんだけど、録っておいてよかったわー」
「ど…動画って…もしかして…」
「そうだよ。俺たちがヤってる所」
「返せ!」
何も考える間もなく俺は男に飛びかかっていた。動画なんて、そんなの残しておけない!
「ちょっとちょっと。そんな密着されたらまた襲っちゃうよ?」
「動画!消せよ!!」
「まあ待ってよ。一回見よ?俺たちが愛し合った証拠。すげー可愛かったんだから」
「やめろ!見ない!早く消せよ!消してくれ!」
必死に男に掴みかかったが、ようやく男も何も身に纏っていない事に気づいて、こうしていても意味がないのだと分かった。周囲に視線をさ迷わせると、ベッドボードにスマホが置いてあるのに気が付いた。きっとあれだ。
四つん這いになってそこに手を伸ばしたが、一足遅かった。男の手が先にそこに辿り着いて、スマホは奪われてしまった。
「返せよ!」
「返せったって、これ俺のだし。……にしてもいーい眺め」
男は俺が掴みかかった時に仰向けになっていて、俺はその頭の先に手を付いて男に跨がっていた。
ちょうど男の頭の上に俺の下腹部があって、男は視線を下に向けて、だらしなく笑った。
「舐めてやろうか?」
男の視線がどこに注がれているかに気づいて一気に羞恥心を覚え身体を引いた…が、中途半端な所で男に腕を掴まれてしまって、まだ俺の身体は男に跨がったままだ。
「離せ!」
「これ、削除して欲しい?」
男が左手に持ったスマホを揺らした。掴まれてない方の手でそれを奪おうとしたが、俺よりもリーチの長い腕でヒラヒラ交わされる。
「消せって、言ってるだろ!」
「いいよ」
男がそう言って、片手でスマホを弄り始めた。
その態度が余りにあっさりし過ぎていて凄く疑わしかったけど、この男は紫音と同じくらい背が高くて俺よりも力もあって、力ずくで奪い取る事は出来なそうだから、俺はこの軽薄そうな男のその言葉を信じるしかなかった。それなのに…。
『あッんっ…ふぁ、あ…』
突然漏れ聞こえて来た断続的な喘ぎ声に一瞬で血の気が引いた。
「あは、悪い悪い。間違えちゃった」
そう言いながらも男は一向にそれを止めるつもりはないらしい。喘ぎ声がどんどん激しくなる。ぱんぱんと肉がぶつかり合う音までする。
背中がぞわぞわする。あまりの衝撃に身体が動かない。
自分の状況と男の言葉で、『寝てしまったのかもしれない』とこれまでも認識してはいたが、全く記憶がないし、唐突過ぎてショックを受けると言うよりはパニックが勝っていた。
でも、男のスマホから聞こえるその声は紛れもなく自分の物だった。もう、現実逃避すらできない程に、確実に俺はこの男と寝たのだ。
「やっぱりこれ消すの勿体ねえなぁ。君すっげえエロかったからさぁ…」
男は動画の再生を止める事なくその音の発生源をベッド置くと、俺の両腕を掴んだ。そのまま体重をかけられて後ろに押し倒される。
「もっかいヤらせてくれたら消してあげる」
男の顔が降りてくる。紫音でない相手に、またキスをされようとしている。それなのに、全然身体が動いてくれない。自分のはしたない喘ぎ声を聞きながらこんな目に遭うなんて、最低だ。
でも、俺ははしたないから。好きでもない相手に抱かれても平気で啼く様な淫乱で、だから性欲の捌け口にされるのは仕方がない事だから…。
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