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into the night 7
後ろの孔から、ドクドク生温い液体が沢山出てくる。一体どれだけ出されたんだろう。にしてもすごい量だ。
「あれ…なんかすげー血が出てる!やべ!」
足をだらしなく広げたまま放心状態の俺の股の間で男が慌てている。
そうか、血が出たのか。
入り口が切れたのかな。でも、それにしては痛くないから違うか。
「やべ、どーしよー止まんねー」
男が必死に俺の尻の孔をタオルで押さえてる。
たぶん中から出血してるから、そこを圧迫しても止血はできない。
滑稽だ。
人の事を容赦なく犯した癖に凄い慌て振りだ。
ああ、違うのか。俺はろくに抵抗もしなかったから、この男にとったら和姦だったのかもしれない。
でもそれにしたってヤッた後の俺になんて用はないだろうに。
ああ、ヤリ足りないのだろうか。それで困ってるのか。
「なあ、大丈夫か?意識は…あるよな?ボーッとする?病院とか、行った方がいいよな?」
病院?それ程に酷いのだろうか。
むくりと身体を起こして下半身を見たら、男の傍らに置かれているフェイスタオルが所々赤く染まっていた。また新しいタオルが押し当てられているが、それはまだ真っ白だ。
内蔵に傷がついたら、こんなに血が出るんだ。知らなかった。
それにしてもこいつは慌てすぎだ。死ぬ程の出血でもしてるのかと思ったが、この程度じゃどうにもならない。
「あ、血止まったや。よかったー」
新しいタオルが白いままなのを確認して男がほっと息をつく。
「俺の服、どこ?」
「え、服?……は、こっち…」
男がベッドの下に手を伸ばして、床から俺のスーツを拾い上げた。しわくちゃだ。
「悪い、ハンガーにかけときゃよかったな。……着替えたら、一応病院、行くか?」
「行かない」
「え、でも、大丈夫か…?」
さっきから何なのだろう。何の心配だよ。俺なんかこいつにとっちゃただの穴だろう。
「そんな顔すんなよ。乱暴にしたことは謝るからさ。次はもっと優しくするから」
「次?何言ってるんだ。…そうだ、約束したんだから、動画消せよ」
「あ、おう。分かった。消す。ほら、いいか、これな。消すぞ。…削除っと。な?これでいいか?」
男が俺に見える様にスマホを操作した。他のフォルダに保存されてたりしてない限り、消えた筈だ。
止めていた手をまた動かして服を着るのを再開する。
「なあ、腹とかケツとか、痛くない?」
「痛くない」
「他に痛いところとか、ない?」
「ない」
「………怒ってんのか?酷くしたから。ごめんって。激しい方が気持ちいいのかと思ったから…」
「別に怒ってない」
「でも、寝込みも襲っちゃったし…」
「もうどうでもいい。それより、中谷一葉(かずは)とはどういう関係?」
この状況が何なのか、初めは全く分からなかったが、昨夜覚えている最後の記憶と照らし合わせて考えると、何となく読めた。
俺は中谷先生に嵌められたのだ。
この男の言っていた『依頼』という言葉がずっと気になっていたが、中谷先生からの依頼でこうなっていると仮定するのが一番しっくりくる。
『依頼』のついでに動画を撮ったとこいつは言っていたから、最中の写真か、最悪動画を中谷先生に送られてしまったのだろう。
それを、ネタに紫音との関係を切る様に迫るつもりなのか、単に鬱憤を晴らしたかったのか。
考えが読めない人だとは思っていたが、ここまでの事をしでかす人間だとは思わなかった。
「え…と…。バレちゃった?俺言っちゃっていいんかな?」
「もうバレてるんだから、隠す意味ないだろ」
「…だよな。一葉さんは、俺の所属してる芸能プロダクションの社長の息子。で、俺はそこの新人。一応モデルな。小遣い欲しさに今回の事引き受けたんだけど、男の相手しろって言われたから、ゲエッて感じで。でも裸に剥いて、事後っぽくシーツぐちゃぐちゃにして写真撮るだけで10万って言われたから、軽い気持ちでさ。でも、ごめんな。本当にやっちゃって。男なのに身体セクシーだし、顔めちゃ綺麗だし、ヤリだしたら君もすげー可愛く反応してくれたから、つい…」
モデルか。
190くらいありそうな身長と、こうしてよく見ると甘いマスクは、確かに一般人というよりは芸能人っぽい。
…そんな事はどうでもいいが、中谷先生は俺を襲わせたかった訳ではなかったらしい。と言うことは脅しのネタにしたかっただけなのだろう。
ヤッたのは、あくまでもこいつの独断だ。
でも、それだって俺がこんなんだからいけないんだ。男を誘う様な見た目をして、しかも淫乱だから。
だから、こいつを怒る気にもならない。
俺の中に渦巻く感情は、自分への失望と諦めだけだ。
「本当ごめんな。もう動画とか撮らないし、乱暴にもしないからさ…」
男の手がゆっくり俺の顎に伸びた。上を向かされる。
「また会ってよ」
まるで恋人にするみたいなキスを降らせながら、男はそう言った。
やっぱりこいつはただヤリタイだけ。それで心配してるフリ、誠実なフリしてるんだ。
それしか、俺に優しくする価値ないもんな。
たった一晩で堕ちた物だ。
もうキスなんかされても嫌悪も恐怖もない。
身体に触れられる事すら怖かった頃は、それでもまだ今よりは健全だったのかもしれない。
あいつを思い出して怖いというのもあったが、それ以上に、あいつに穢され、堕ちきったあの頃の自分に、一時的でも引き戻されるのが怖かった。自分が性欲の捌け口になるだけの、ただそれだけの存在だと知るのが怖かったのだ。
でも、それを受け入れた今は、何も怖くない。
下手に抵抗しないで、最初から受け入れてしまえばよかったんだ。そうすれば楽だったんだ。
不健全だろうと、汚かろうと、それが『俺』なんだから仕方ないのだ。
しつこいキスをようやくやめた男は、唇を離して満足気に微笑むと、唐突にスマホを弄り出した。
ついさっき消したのに、またハメ撮りでもする気だろうか。
「そうだそうだ。君の名前、ハルだ」
「…何で知ってるんだ」
正確には違うが、俺をそう呼ぶという事は、漢字で俺の名前を目にしたということ。
「可愛い子のケータイ番号ゲットするのは男として基本じゃん?寝てる間にちょっと、ケータイ見ちゃった」
「…は?」
「あ、自分の番号表示されるページしか見てねえよ!…って訳で、俺はハルの番号登録済みだから、ハルも俺の番号入れといてよ」
「はい」と自番号を表示させたらしいスマホを渡される。
「いや、いらないし」
「え?あ、めんどい?じゃあ後でライン…はハル今時ガラケーだから入れてない?…メールで送るから、登録しといてな」
「そうじゃなくて…」
いらない、と再び言おうとしたとき、男のスマホがけたたましく鳴った。
アラームの様なジリリリ…という音。
「あ、やっべえ!!もうこんな時間!俺朝から撮影あるんだよ!」
男はそう言って慌ててベッドを飛び降りて、恐らくシャワールームがあるであろう所に飛び込んで行った。すぐにザアザアとシャワーが流れる音がした。
俺は暫く呆気に取られていたが、男を待つ理由も、こんな所に長居する理由もない。
スーツのポケットに携帯が入っている事を確かめると、鞄も引っ付かんで部屋を出た。
ホテル内部は、廊下もロビーも窓がなくて時間感覚が分からなかったが、外に出ると登り始めた太陽と、ピーンと張り詰めた空気に朝なんだなと感じた。
少しウロウロしてみたが、こういう界隈には普段から足を踏み入れないので、結局ここが何処なのか分からなかった。
コンビニの前で客待ちをしているタクシーを見つけて乗りこむ。
車内で携帯を確認すると、紫音から5件の着信と、メールも3通きていた。
最後の着信は午前2時。
今日試合なのに、夜更かしさせてしまった。
最新のメールも午前2時で、『寝ちゃいました?心配だから、朝起きたら連絡ください』と書いてある。
止まっていた感情が一気に動き出す。
携帯を持つ手が震えた。ポツポツと画面に水滴が落ちた。
紫音が心配してくれていた時に、俺は一体何をしていた?
痛い。胸が苦しい。
俺がこんなじゃないと。綺麗で価値がある存在だと、ずっと錯覚していたかった。
そうすれば、紫音がくれる暖かくて優しい世界に、ずっと浸っていられたのに。
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