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break up SIDE 春 2
「俺が、ふざけてこんな事してると思う?」
「知るか。もう、やめろ。こういうの」
「やめないよ。だってしいちゃんだって嫌がってないじゃん」
そう言われて、頭にかっと血が上った。これは怒りではなく、羞恥だ。自分の淫乱で、節操なしで、それしか能がない質まで見透かされた気がしたのだ。
「しいちゃん、真っ赤。もしかして、俺って脈あり?」
「な訳ないだろ!」
嫌だった。黒野にそう知られるのが。
俺は健全な人間じゃないけど、黒野の前ではそうありたかった。黒野にキスされるのは、やっぱりあの変態にされるのとも、モデルの男とするのとも、違った。
怖いわけでも、諦めてどうでもいい訳でもない。
どちらかと言うと、そう。紫音とする時の様な。
顔だって性格だって紫音とは全然似てない。けれど、多分根本的な部分が似ているのだ。バスケをしている姿や、キスの仕方や、俺を見る眼差しが。
俺は黒野が人間的に好きなのだ。親愛の情を抱いている。それは、恋愛という訳ではなくて、紫音と中学で初めて会った時に抱いた感情と同じだ。人を信じられなかった俺が、どういう訳か心を許せたあの時と。
だからこそ、俺は黒野とだけは変な関係を持ちたくない。
紫音が俺なんかを愛してしまって、まともな人間と付き合う機会をなくしてしまっている事が、俺にはいたたまれないから。
それなのに、紫音を失うのはやっぱり怖くて、好きだと言ってくれる紫音が愛しくて、悲しませたくなくて、ちゃんと離れられなかった。
俺はあまりに優柔不断で弱い。一番愛しい人を、本当に幸せな道に導く事すら中途半端だなんて。
無意識に顔を伏せていたせいか、黒野が身じろぎしたのに気付かなかった。背中にそっと何かが触れたと思ったら、暖かな胸に頬を押し付けられた。
「俺なら、しいちゃんにそんな顔させない」
黒野のその言葉を聞いて、ようやく我に返った。俺は今黒野の腕の中にいる。
もがいてみても、既にすっぽり抱きすくめられているので、大して抵抗にならない。
「黒野、離せ」
「好きだよ」
言葉が、出てこない。
言わせてしまった。聞きたくなかった。知っていたけど、知らない事にしておきたかった。黒野との関係を、変えたくなかった。
「だめだ」
「こんな不安そうなしいちゃん、放っとけない」
「放っておいてくれ。お前には関係ない」
「関係あるよ。好きだから」
「やめろ」
「やめないよ。好きだもん」
「やめろよ」
「何で?」
「聞きたくない」
「俺は言いたい。しいちゃんが好き。凄く好き。青木さんとは別れて、俺と付き合お」
「何言って…」
「俺、まだガキだけど、しいちゃんに辛い思いはさせない。好きだよ」
「俺は、…好きじゃない」
「嘘。しいちゃん俺の事気になってるよ。多分、好きになる」
「ならない!俺は、俺には…」
「でも、青木さん女できたんでしょ?」
「え…?」
女?何の話だ?
「あれ?それで落ち込んでたんだよね?」
黒野が俺の顔色を見るためか、ようやく身体を離した。
俺は寝耳に水で、多分凄く間抜けな顔をしていると思う。
「今朝ワイドショーでやってたよ。ホテルのロビーでモデルと抱き合ってたとか」
抱き合ってた…?そんな、まさか。
「ばっちり写真まで撮られてたけど、本当にしいちゃん知らないの…?」
何ショックを受けてるんだ。それが、俺の望んだ事じゃないか。普通に女の子と付き合って、幸せな家庭を築いて欲しいって願っていたじゃないか。俺の事を、一番にしなくてもいいって、そう言ったのは自分だ。
ああ。俺はあんな事を言いながらも自惚れていたのかな。紫音が、こんなに早く変わり身するなんて、思っていなかった。
「あいつは酷い奴だ。プレイボーイ気取りやがって。しいちゃんにこんな悲しい顔させるなんて、許せねえ」
また黒野が俺を抱き締めた。今度は抱き寄せられる事に気付いたけど、身を任せてしまった。身体の力が抜けてぐったりして、抵抗する気力もない。
「違う。違うよ。紫音は悪くない。俺が、女の子と付き合う様に言ったんだから…」
ああ、何言ってるんだ俺。
こんな事言ったら、俺と紫音の関係を認める様なものじゃないか。でも、今はそれを取り繕う頭が回らない。
「そうだとしても、それ真に受けて、他の女に手出すとか信じらんねえ。俺なら絶対そんなことしない」
「いいんだ、黒野。これで、いいんだ」
そう言いながらも、勝手に涙が出てきてしまった。
紫音は、ちゃんと俺を愛人にしたんだ。
その写真はいつ撮られたのかな。でも、昨晩だって紫音は俺を抱いた。女の子を抱き締めた手で、俺を抱いた。
でも、それは俺が望んだ事で、しかも、先に紫音を裏切ったのは俺なんだから、俺には悲しむ権利もないのに。それなのに辛くて悲しくて仕方ないのは、俺に覚悟が足りなかったからだろう。
「いつか」離れていく事は想定していても、こんなに早いなんて思っていなかった。
あの男に抱かれた直後は、もう別れるしかないって思っていたのに、その後も紫音があまりに優しくて、紫音の俺を見る目が慈愛に満ちてて、俺は自分の汚さを自覚しながらも思わず勘違いしそうになっていた。
考えが甘かったのだ。紫音がどれだけモテるかは、知っていたのに。
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