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break up SIDE 紫音 7

幸いハル先輩の実家は前住んでたマンションよりは近い。 また釣り銭を貰わずしてタクシーを降りて、超高級なマンションのオートロック前でハル先輩の部屋番号を押した。 少ししてから「今開ける」とハル先輩の声が聞こえて、自動ドアが開く。10階までエレベーターで上がると、ハル先輩が丁度玄関から出てきた。 「ハル先輩、ニュース見た!?」 挨拶も何もしてないが、ともかく早く誤解を解きたかった。ハル先輩は、「見てないけど聞いた」と言って、中に入る様促した。 俺の慌てぶりに反してハル先輩は落ち着いていて、なんだか肩透かしを食らった気分だ。ハル先輩は、あんなの嘘だと見抜いているのかもしれない。 でも一応。 「あの、分かってると思うけど、あんなのデタラメですから!」 「そうなのか?」 「そうなのか…って、当然でしょ!俺にはハル先輩がいるんだから」 「でも、抱き合ってたって」 「それは、頼まれて仕方なく…いやでも俺が軽率でした。でも、断じて何でもありませんから!」 そうなのだ。俺が軽率だったのだ。オーナーが悪いわけでもなく、軽い気持ちであんな事した俺の責任なのだ。 「そっか」 え?そっかって、それだけ? ハル先輩の言葉を少し待ってみたけど、それ以上何も発してはくれない。 「あ、ハル先輩は俺を信じてくれてたから、弁解なんて別に必要なかった?」 「うん。ていうか、どっちにしても俺に弁解なんていらないよ」 「え…」 いらない?いらないって、報道の通り俺があの女と熱愛しててもいいって意味か? 「なんすかそれ!ハル先輩は、俺の事どうでもいいの!?」 いくらなんでも酷すぎやしないか。この落ち着き払った態度と言動は。 俺が今日一日どういう思いで過ごしたか、分かっているのだろうか。それだけじゃない。意味不明に別れを切り出されたり、楽しみにしてた旅行だって特に理由なくキャンセルされて、それでもずっとハル先輩の為だけを思って心を砕き、神経を磨り減らしていたっていうのに…。 「どうでもいい訳ない」 「ハル先輩の態度、どうでもいいとしか取れないんですけど」 「そんな事ない」 「じゃあ何で心配してくれないの?妬いてくれないの?ハル先輩の態度は恋人として普通じゃない」 「だって俺たち、もう恋人じゃないだろ」 「え…」 「だから、俺は紫音の一番じゃなくていいって…」 「まだそんな事言ってるんですか!?」 思わず大きな声を出したら、ハル先輩は黙りこくった。 でも、もういい加減にして欲しい。卑屈もここまで来れば腹立たしい。 恋人じゃないって何だよ。俺がいつ別れるって言った? 俺の想いは、ハル先輩に全く伝わっていないのか?俺がこれだけ真剣に、全身全霊かけてハル先輩に向き合っているっていうのに、どうして分かってくれない? こんなに真剣に好きだと言っているのに、突然「恋人じゃない」だの「1番じゃなくていい」だの、意味不明な予防線張られて、そんな事言われる俺がどれだけ虚しく悲しい気持ちになるか、ハル先輩は全然わかってない。俺はいつだってハル先輩の事ばかり考えているのに、ハル先輩は、俺の事なんて全然考えてくれてない。 「いい加減にしろよ!そんな事言われるくらいなら、いっそ嫌いになったって言われた方がすっきりする!」 ………完全に腹をたてた勢い。本音じゃない。本当の俺は、「嫌い」なんて言われたら、無様に泣いて縋り付くくらい平気でしそうだ。 でも、そんな気持ちを一瞬忘れるくらい俺はヒートアップしていた。 「…ごめん。紫音に嫌いなんて言えない」 「なんだよそれ!じゃあどういうつもりだよ!俺の気持ち弄んで楽しい?」 「そんな…つもりはない」 「ハル先輩は、一体俺とどうなりたいの?後腐れないセフレにでもなりたいの!?」 「………そうなのかもしれない」 ――――!! 「っんだよそれ!!ふざけんな!!!」 頭にカッと血が上った。セフレとか、ふざけんな。これまで7年間、大事に大事に育ててきた俺たちの関係の全てを否定されたような、そんな気がしたのだ。そんな酷い事を言うハル先輩が赦せなかった。あんなに愛しい人なのに、この瞬間はもう顔も見たくなくて、何も言わずに荒々しく玄関に向かった。 追いかけてはこない。別に女々しく期待していた訳ではないが、その事にも腹が立った。 そのままの勢いで高級マンションを一歩出たら、雪が降っていた。 しかも、吹雪とかではなく、しんしんと。 その景色と冬の寒さに嫌でも頭が冷える。 二人でこんな景色を見たいって思っていたのに、そう思ってたのは俺だけか? ハル先輩は素直じゃない訳じゃなくて、ただ単に俺の事そんなに好きじゃなかったのか? 苛立ちを、悲しみや虚しさが上回りそうになって、考えるのをやめた。 それでも目の奥が熱い。 何でこんな事になってしまったのだろう。

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