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I like…? 1
あの日から、紫音は家に来なくなった。連絡もない。紫音を怒らせた。俺はもう…嫌われてしまったのだ。
これでよかったんだと、理屈でわかっていても悲しさや喪失感は誤魔化せない。
紫音は俺の全てだった。
そんな大切な人を大切にできなかった事が悲しくて辛い。
自分のふしだらな性を紫音に隠して、紫音とこれまで通り付き合えばよかった。
正義漢ぶって別れたいとか、愛人にしてとか、ましてセフレになりたいなんてバカな事、言わなきゃよかった。
そうすれば、紫音は俺をこれまで通り愛してくれていたのかな。
でも…あのホテルで撮られた俺の写真か動画を、中谷先生に握られている。だから、俺が言わなくてもいつか紫音にはバレるのだ。
俺が紫音以外に抱かれてしまった事も、逃げなかった事も、俺が自分の事を大事にできないのも、きっと全部。
俺がこうである以上、中谷先生があんな事仕掛けなくても、遅かれ早かれ同じ事になっていたのだろう。
社会に出て、紫音の傍から離れて、紫音の庇護を受けなくなった時点でこうなる運命だった気さえする。
学生時代の様に四六時中一緒にいるなんて事は、何れできなくなるのは当然だし、一生紫音に守ってもらう事なんて不可能だ。
自分の事は自分で守らなきゃいけないのに、紫音が俺を大切にしてくれてる様に自分を大事にしなきゃいけないのに、それが出来ない時点で、俺は誰かの大切な存在になる資格はないのだ。まして紫音のそれだなんて痴がましい。
紫音と一緒に生きる道なんて、俺がこうなった時点でなかったのだ。仕方ないのだ。
頭では分かってる。理屈では分かっているけど、悲しくて寂しくて辛くて認めたくなくて、その感情の波に押し潰されてしまいそうだから、俺は考えるのをやめる事にした。
自分の感情を見て見ぬふりするのは得意だ。あの時は、ずっとそうしていたのだから。
*
3学期が始まってすぐ。人気のない廊下で、中谷先生はニコニコというよりもニヤニヤと形容した方がいい様な顔をして近づいてきた。
「流石ですねえ、椎名先生」
「…何がですか」
「柚季(ゆうき)、ノンケなのにすっかり椎名先生に夢中みたいで。よっぽどよかったんでしょうねえ」
中谷先生はそう言いながら俺の身体に舐め回す様な視線を向けた。
「どうして柚季に電話もメールも返さないんですか?お似合いだと思いますけど」
「あなたに関係ないでしょう」
「関係ありますよ。俺が引き合わせてあげたんだから」
「随分あっさり認めるんですね」
「隠したって仕方ないでしょ。隠してたら、俺が何の為にこんな写真保存してるか分からない」
スマホの大きな画面に写し出されているのは、自分の姿。乱れたシーツの中に裸で横たわり、目を瞑っている。
不意をついてスマホを奪うのは簡単だった。
でも、騒ぎになって何かの拍子にあの写真を他の誰かに見られでもしたら…。そう思うととても奪い取る事は出来なかった。
「綺麗ですねえ。素人が適当に撮った雑な写真なのに、芸術的ですらありますよ」
中谷先生は何が楽しいのかより一層笑みを深めてそれを眺めると、ゆっくりとした動作で見せ付ける様に懐にスマホを仕舞った。まるで、俺がそれを奪いたくても奪えない事すら見透かしているかの様に。
中谷先生が持っているのが動画でなく静止画だった事に多少救われたが、それでもあんな写真、紫音に見られる訳にはいかない。
もう既に嫌われているとしても、これ以上軽蔑されたくないし、紫音に怒りとか侮蔑とかのネガティブな気持ちを一瞬でも抱いて欲しくなかった。
だってあの写真は一目瞭然だ。
乱れたシーツ。裸。そして、頭上にはたくさんのボタンが並ぶ照明のパネルとその隣にはプラスチックのケースに包まれたボックスティシュ。
これだけ写ってれば、そこがどういう場所で、どういう状況なのかは直ぐに分かる。
「柚季と会ってやってよ。椎名先生の美貌に敬意を払って、わざわざ見目いいモデルを宛がってやったんだよ?まさかあの女好きが本当にヤるとは思わなかったけどね」
クスクス笑う中谷先生の笑顔は、いつもとは違い邪悪だ。きっとこれがこの人の本性なのだろう。
「うちのモデルをその気にさせた責任取りなよ」
「………」
「この写真、紫音君に送ってもいいのかなあ?」
「やめてください」
「じゃあ柚季と仲良くすればいいよ。浮気したんだから、当然紫音君とは別れてね」
「…もう紫音とは終わりましたから。貴方の要求はそれだけなんでしょう?」
「そうなの?へぇ、案外潔いんですね。ま、浮気したんだから、身を引くのは当然ですよね」
「もう話は終わりですか」
「そんなに俺の事嫌わないでくださいよ。俺は綺麗な物が好きなんですよ。だから、貴方が紫音君の相手でさえなければ、貴方の事だって眺めていたい程度にはお気に入りなんですから」
これ以上この人と同じ空気を吸いたくなくて踵を返した。
あの人は、これで紫音が手に入ったとでも思っているのだろうか。紫音は単純に見えるけど、俺よりも人を見る目はある。紫音が、こんな人間を好きになる筈ないのに。
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