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but after all… 2

「こんちわ」 不意に声を掛けられて頭を上げると、俺よりは低いが、充分長身のすらっとした男が目の前に立っていた。 「やっぱり青木選手だ。青木紫音選手」 そう言う男の顔をまじまじと眺めてみたが、全く心当たりがない。俺よりも若そうな男だから、どこかの偉いさんという訳ではなさそうだが、こういう席に来るということはそれなりの肩書きがあるのだろう。失礼な態度は取らないようにした方がいい。 「あの、どこかでお会いしましたか」 「うわ。声までイケボじゃん」 ……何なんだこいつ。 「お前誰?」 「へえ、短気なんだ」 「おい…」 「ごめんごめん。俺は秋良(あきら)柚季ってえの」 「…初対面だよな?」 「だな。俺はテレビとかであんたを見たことあるけど。最近スクープあったっしょ?あのお相手、うちの事務所の先輩」 「じゃあお前もモデル?」 「まだ駆け出しだけど一応。なあ、あの熱愛って本当?」 「な訳ないだろ」 「だよな。あの子、顔はいいけど性格がちょっとな」 この男の言うことは同意だが、頷く事なんか出来ない。こいつはあの事務所の人間なのだから。 「なあ、青木選手…ってか、紫音って呼んでいい?」 「は?」 「いいよな。紫音は年いくつ?」 「…23」 「ふーん。早生まれ?」 「いや」 「じゃあ一個下か…」 「は?一個下って、お前24?」 「いや。18」 「18…って、高校生!?」 「早生まれだからもうすぐ19」 「どっちにしても年下じゃねえかお前」 「え?あ、そうだな。でもいいだろ、敬語とかそういうのは。俺、『しおん』って名前嫌いなんだよ」 「はあ!?」 「だって、俺の気になってる子が『しおん』って名前の男が好きで、全然振り向いてくれねえんだ。元彼みたいなんだけどさ。なあ、どうしたらいいと思う?」 「知るかそんな事」 「まあ、そう言わず聞いてよ。その子、ちょっと強引に誘えば寝てくれんだけど、エッチが終わったらすげえ素っ気ないの。全然全く俺に興味ありませんって感じで。一回寝惚けて俺の事『しおん』と勘違いした事あって、そん時はすんげー可愛かったのにさー。俺、もっかいあの時のあの子に会いてえんだけど、どうしたらいいんかな?」 突然この訳のわからない男の恋愛相談が始まってしまった。初対面なのに、一体何なのだろう。なんて自己中でめんどくさい奴だろう。 でも、正直ここでは時間を持て余しそうで暇だし、こいつの恋愛も悩みも心底どうでもいいが答えてやる事にした。 「お前、何でそんな女が好きなの?」 「え?何で?」 「だって、好きな相手がいるのに他の男と平気で寝る女だぜ。俺ならそんな女絶対嫌だけどな」 「…へえ。そうなんだ」 男は何故か可笑しそうに口元を緩めた。 「それ、その子に言ってやってよ」 「何で俺が」 「だよな。ごめんごめん」 男は尚もクスクス笑っていて、何故だか無性に胸騒ぎがした。胸の内から焦燥感が沸き起こるのに、その理由がわからない。 「紫音。新井田社長が呼んでる」 俺が自分の感情のモヤモヤの正体を探っている途中でオーナーから声を掛けられた。 指差されたのは、奥に作られたバーカウンター。バーテンダーの姿は見えるが、客がいるのかいないのかは分からない。腰より少し高いくらいの壁に覆われていて、座れば完全に此方からは見えない作りになっている。 オーナーは忙しい様で俺に「しっかりな」と声を掛けるとまたすぐにどこかに行ってしまった。 「紫音、気を付けろ」 「は?」 待たせてはいけないと俺もすぐにバーカウンターに向かおうとしたら、後ろから秋良に声を掛けられた。 「新井田社長。男色家で有名」 「はあ?」 「この会場見てみろよ。男ばっか。しかも、社長の趣味の、高身長イケメンばっか」 「何を下らないこと」 「信じないなら別にいいぜ。お前が生け贄になってくれれば俺も安心して飲み食いできるしな」 「あっそ。ご忠告どうも」 最初から最後までムカつく奴だ。俺も若い頃はあんなだったか?いや、もう少しマシだった筈だ。 大体ハル先輩みたいな綺麗な男なら襲いたくなるのも頷けるが、190以上あるスポーツマン体型の俺をどうにかしたい奴なんかいるもんか。

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