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be violated 1

実家からこのアパートに引っ越してから1週間が過ぎた。 引っ越しの荷物の片付けは一向に進まず、殆どの荷物が段ボールに入ったまま。使う物だけその都度取り出してあとは入れっぱなしなので、封の開いた段ボールに囲まれて生活している。 あんまりかと思い、使わない物を一つの段ボールに纏めて、封をした。段ボールが一つだけ減っても、部屋の惨状はあまり変わらなくて、労力に見合わないなぁとバカらしくなってやめた。 引っ越しシーズンでないこの時期は、物件数も少なかったが、ようやく学校から適度な距離のここを見つけた。 両親はまたすぐ家を出ることを残念そうにしてくれたけど、俺はやはりあの家に長くいる事は出来なかった。 紫音が突然訪ねてきたのは、引っ越しの前日だった。 いきなり抱き締められて、しかもまだ愛しているとまで言われて、耳を疑った。もう俺に愛想を尽かしたのだとばかり思っていたから…。 その一瞬で、狂っていた俺の頭が少しまともになった。そして、すぐに俺を襲ったのは、強い後悔と紫音への罪悪感。紫音に嫌われたと自暴自棄になって、強迫観念に突き動かされる様に柚季と身体を重ねてしまった事を酷く悔やんだ。 でも、もうその事実は変えられない。 俺は、普通じゃないから。15の時から、もうずっと普通じゃないから、今回柚季とあんな事しなくても、同じ様な事をいずれしてしまっていたに違いない。 何れしても、紫音に相応しくない事は間違いなくて、だから、俺は紫音の恋人には二度と戻れない。 引っ越し先は、紫音にも誰にも伝えていない。 会いに来たあの日以降、紫音からは電話とメールが沢山届く様になった。 愛されていると感じるのに、それが凄く悲しかった。だって、汚い俺が紫音の愛に応えられる訳がない。どの面下げて会えばいいのかも分からない。 だから紫音には『頭を冷やしたいから』とだけメールをして、殆ど返事できていない。 それでも、紫音からは変わらずメールが届いた。今日は練習でこんな事があったとか、そういう他愛のない内容。どう返信したらいいのか分からなくて、ただ見ているだけだが、それでも胸が暖かくなる。 紫音に会いたくない訳じゃない。寧ろ凄く会いたい。また紫音に抱き締めて貰いたい。愛してると囁いて欲しい。 でも、俺にそんな資格ない。 頭を冷やしたいのは、本当の事だ。どうすればいいのか自分でもわからない。 ここの住所は、母に口止めしてあるが、紫音贔屓の母がちゃんと黙っていられるか分からない。それに、住所を知られなくても、学校に紫音が来れば会ってしまう。 紫音との関係を、いつまでもこのまま宙ぶらりんにはしておけないことは分かっている。 でも、どうすればいいのか分からない。 また愛人扱いして欲しいと言えばいいのか、もう俺の事は捨てて欲しいと言えばいいのか。 どちらを言っても、紫音を怒らせてしまいそうで、でも俺には他に選択肢はなくて、本当にどうすればいいのかわからないのだ。

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