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The truth SIDE 紫音 1

嘘だ嘘だ嘘だ。 ハル先輩があのチャラい男と寝てたなんて。しかも、セフレだなんて。 そんなの絶対に嘘だ。 でも、電話口から聞こえてきたハル先輩の息遣いは、正にその時の物だったし、あの秋良という男が言っていた『誘えば寝てくれる相手』はハル先輩だったのだ。 信じたくない。 そんな、どうしてハル先輩が。どうしてあんな奴と。 俺しか呼ばない『ハル』って名前まで呼ばせて、一体どうして……。 今話をしたら、ハル先輩にとんでもない事を言ってしまいそうで、そうなったらもう俺達終わるしかなくなってしまいそうで、俺は鼻先で閉められたドアをただ見ている事しか出来なかった。 なぜ。なぜ、ハル先輩はあいつと寝たのだろう。しかも、今日が初めてという訳ではなさそうで、これまでだって何度も寝ていたのだろう。 どうして……。 ハル先輩が、自分の意思であいつと寝て、セフレ関係を築いていたとしたなら、俺はどうすればいいのだろう。何してんだよと怒鳴って、ふざけんなと喚き散らして、最低だと罵って、そんな人だとは思わなかったと軽蔑の視線を向ければいいのか。 でも、そんな事したって、ハル先輩は元に戻らない。俺だけが好きで、俺だけに身体を許してくれる、異常なまでに潔癖性で綺麗なハル先輩には戻らない。虚しい。もの凄く大事な物を、二度と失ってしまったかの様な酷い喪失感だ。 もしもハル先輩と元の関係に戻れたとしても、ハル先輩は元のハル先輩じゃない。 あんな風に冷めた顔をして、『身体だけならいつでもあげる』と言ったハル先輩。あれは誰だ?俺の知ってるハル先輩はあんな事言わない。 恥ずかしがりやで、いつまでも初で、少し素直じゃないけど表情はとても素直で、たまに見せてくれる愛情表現が意地らしくて可愛い俺のハル先輩は、もう二度と戻って来ない。 俺はハル先輩を失ったのか。 必死に食らい付いて、絶対に離さないって決めていたのに、そんな俺の手をすり抜けて、ハル先輩は遠くに行ってしまったのか。 胸が張り裂ける様に痛い。 ハル先輩を失った。 俺の一番大切なひとを、失った。 身体を引き摺る様にして帰ってきた自宅のベッドに倒れこむ様に俯せになった。 くそ。格好悪い。 誤魔化しようがないくらい瞼の奥が熱い。 何でこんなことになってしまったんだ。 俺の何が悪かったのだろう。 ~~♪~~♪ 場違いに明るい着信音がうざい。 でも、もしかしたらハル先輩かも…。全部嘘だよって言ってくれるかも…。そんな淡い期待を抱いてポケットから携帯を取り出したが、画面を見て落胆した。 ハル先輩じゃない。そりゃあそうだ。ハル先輩な筈ないじゃないか。ハル先輩にとって俺は、ただのセフレなのかな。あの秋良と同列なのかな。 そんな事を考えてる間も着信音は止まなくて、煩くて苛ついてボタンを押した。 「なに」 『は…?何って何?お前が電話してきたからわざわざかけ直してやったのに。相変わらずムカつくわ』 相手は望月だ。 さっきハル先輩を捜して実家に行った時に、引っ越したと聞かされて、でもハル先輩のお母さんは『口止めされてる』と言って住所を教えてくれなくて、やむを得ずこいつに電話をかけたんだった。結局出なかったから、お母さんに土下座する勢いで頼み込んで教えてもらったのだが。 「ハル先輩捜してた。けどもう見つかったから用はない」 『春いなくなってたの?』 「引っ越しただけ」 『ふーん…ってお前引っ越し先教えて貰ってなかったのか?』 「もううるせーな。俺今お前と話す気分じゃねえんだよ」 『おいちょっと待て。春となんかあった?』 「お前もしかして何か知ってんのか…?」 『は?なんか知ってるかって、それはこっちが聞きてーんだけど。俺さっき海外から帰ってきたとこで暫く春と会ってないし。でもお前が春の居場所俺に聞いてくるとか、絶対なんかあったろ』 「………」 『おい、いつものバカポジティブはどこ行った?』 「ポジティブになんかなれっかよ…」 『マジか…』 そう呟いて向こうから通話は切られた。でも、5分くらいしてからまた着信音が響いた。 「何だようるせえな」 『春電話に出ないんだけど。てか、電源切れてる』 あの電話の後、俺だって何度もハル先輩の携帯に電話をかけたから、電源を切っている事は知っている。 『お前今どこ?』 「家」 『今からそっち行く。住所は?』 「は?」 『じゅうしょ!』 「何で来んだよ」 『春が心配だから。早く教えろ』 正直意味がわからないが教えてやった。もしかしたら俺も弱りすぎて心のどこかで誰かに話を聞いて貰いたいとか思っているのかもしれない。相手が望月なのは凄く不本意だが。

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