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The truth SIDE 紫音 2
「はあー。まじ最悪。出張から帰ってきて一番に会うのが恋人でも春でもなくお前とか」
勝手にやって来ておいて開口一番がそれだった。
俺が来てくれと言った訳でもないのに。
「意外と片付いてんだな。女出入りさせてるんじゃねえだろうな」
「そんな訳ないだろ」
「冗談だよ」
「もう何お前。文句言いに来ただけなら帰れよ」
「そんな下らない事の為に来るかよ。湿気た面してるから、挨拶してやっただけ。で、春と何があった?」
突然本題だ。でも、望月と世間話するつもりもないし、こいつはハル先輩の過去も、俺とハル先輩の関係も全て知ってる唯一の人間だから、実は話を聞いて貰うには最適な相手ではあるのだ。
「別れたいって言われた」
「は?」
「セフレみたくなりたいとも」
「春がそう言ったのか?」
「挙げ句に浮気された」
「嘘だろ」
「本当に。ハル先輩はもう俺と別れてるつもりらしかったから、浮気のつもりないのかもしれないけど、でも、男と寝てた。いつからかは知らないけど、たぶん何回も」
言ってて凄く虚しくなってきた。最低じゃないか。こんなに最低な事されたのに、それでもなんで俺は…。
「お前それ信じてるの?」
「信じてるも何も、ヤってる声電話で聞かされた」
「それって本当にヤってたの?」
「そうだと思う」
そうじゃなきゃハル先輩はあんな声出さない。俺を騙す為だったとしても、演技で出せる声色じゃなかった。
「それに、相手の男が『今気持ちいい事してる』って…」
「おい落ち着けよ」
あの時の事を思い出して、俺は拳を震わせていた。許せないあの男。俺を裏切ったハル先輩だって…。
「なあ、もし本当にヤってたとして、春が自分でお前に聞かせようとしたと思う?」
「ハル先輩は…」
確か『やめろ』って言ってたし、じっとしてろって怒鳴られたりしてた。
「嫌がってた」
「じゃあ無理矢理ヤられたのかも知れないじゃん。だって合意で仲良くエッチしてたとしたら、そんな嫌がらせ普通しなくないか。まあ、相手がお前と別れさせたくてした可能性もあるけど」
「俺だって最初は無理矢理だって思ってたよ!けど、ハル先輩にあいつはセフレだって言われたし、好きでヤってるとも…」
「お前さあ、春が喜んで寝てると思う訳?」
「思わない!けど…!でも…じゃあ何で俺と別れたいとか言うんだよ…。俺とセフレになりたいとか言うんだよ…」
「言わされてるのかもしれねーじゃん」
「違う。そんな感じじゃない。ハル先輩は心底俺と別れたがってて、俺と身体だけの関係になりたがってる」
「ふーん。じゃあ嫌われたんじゃね」
「やっぱそうなのかな…」
今日もハル先輩は俺の事好きって言ってた。『紫音が好きだけど他の男と寝てる』って。でも、好きならセフレなんて作る筈ないし、俺と別れたいとも思わない筈だ。嫌われたのだ。少なくとも、以前と同じ『好き』ではないんだ…。
「はー。お前相変わらずバカ。なんでそんななの。バカ過ぎて腹立つわ」
「んだと…!」
「聞けよ。俺はさ、お前が春の事嫌いになるのも、春がお前の事嫌いになるのも、どっちも同じ位あり得ないと思ってんだけど」
「同じ、くらい…?」
「春がどれだけお前を好きか分かってる?」
「…いや、でもお前。俺と同じくらいって言ったらそーとーだぞ」
「だからそう言ってんだろ。春はさー、お前の為なら何だって出来るんだと思うぜ。身を切るくらい、へーきで。春が本気でお前と別れたいって言ってるなら、そう思わせる何かがあって、今もそれが継続中だからじゃねえの?」
そうなのか…?ハル先輩は、俺が想ってるのと同じくらい俺を好きで、俺の事を思って別れたいとか言っていたのか?
でも、そう言われてみれば、『俺は紫音に相応しくない』とか、『俺といてもメリットない』とかそんな事ばかり言ってた。卑屈になってるだけだと思ってたけど、でも、普通いくら卑屈になったって、別れるまでは行かないと思う。例えばもしも俺がハル先輩の美貌に劣等感を抱いたとしても、だからって別れたいとは絶対に思わないからだ。寧ろ今よりもっと束縛してしまったり、他に目移りしない様に必死になると思う。
そう思うから、俺はハル先輩の愛情は俺の愛情よりも劣ってると思ってた。「好かれてる」とは思ってたけど、俺の想いには及ばないだろうと。だから簡単に別れるなんて口に出来るんだとも。
でも、もしも望月の言うようにハル先輩も俺の事を絶対に離したくないってくらいに想っていたんだとしたら、ただ卑屈になるだけで別れを選ぶ筈がない。
もしも俺がハル先輩との別れを選ぶとしたら…俺といる事が決定的にハル先輩にとって不利益がある場合だ。例えばあり得ないけど俺といたら死んでしまうとか、病気になってしまうとか。
――俺の為なんだ。
何が原因かははっきりしないけど、ハル先輩は俺の事を想って、『別れる』という一番辛い決断をしたんだ。それこそ、身を切る思いで…。
「春も自分がどれだけお前に想われてるか分かってないみたいだけど、お前も同じだな。お前も全然分かってない」
「だってハル先輩分かりにくすぎる」
「どこが?お前春の事鈍感とか言えねえな。俺ならもっと春を安心させられるし、幸せに出来る自信あるけど、春がお前でなきゃダメなんだからどうしようもねーんだよな、悔しいけど。だから、お前がちゃんと春を守れよ。春の言うことイチイチ真に受けてヘコんでる暇があったら抱き締めてやれ。春を幸せに出来るのはお前しかいないんだから、ちゃんとしろ」
ハル先輩を幸せに出来るのは、俺だけ。
ああ、それって俺と一緒だな。俺だって、ハル先輩がいないと幸せにはなれない。
俺は、ただ正直であればよかったんだ。自分の気持ちと、ハル先輩の気持ちを、信じればよかっただけなんだ。
「望月…。お前って本当にいい奴だったんだな。俺、泣きそうなくらいお前に感謝してる」
「言っとくけど、お前の為じゃなくて春の為だから」
「それでいい。それでいいんだ。ハル先輩の幸せは、俺の幸せだから」
「気持ちわりいな、お前。もう俺帰るわ。どっと疲れた」
望月はわざとらしく身震いして、本当にあっさり帰って行った。
俺だってこうしてはいられない。ハル先輩を守る。もうハル先輩の戯れ言には騙されない。
だってハル先輩は俺の事、俺がハル先輩を想うのと同じくらい好きなんだから。
ハル先輩が変わったとか、元に戻らないとか、そんなバカな事何で考えてしまったんだろう。ハル先輩はハル先輩だ。変わる筈ない。あんなに綺麗な人が汚くなる筈がない。
ボストンバッグに洋服やら練習着やら何やらを急いで詰めて部屋を飛び出した。
向かう先は、決まっている。
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