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The truth SIDE 紫音 3

チャイムを3、4回鳴らして、ようやくドアが開いて、顔色の悪いハル先輩が驚いた顔をしていた。 「紫音、どうして…」 「中入っていい?」 「え…」 「お邪魔します」 ハル先輩に帰れと言われても、帰るつもりはない所か居座るつもりだから、戸惑うハル先輩を尻目に玄関の中に入った。 「ハル先輩、全然片付いてないじゃないですか」 「紫音、その荷物…」 「昨日引っ越して来たんですか?」 「…先週」 「そっか。ま、ハル先輩って意外と片付けとか苦手だもんね。触られて嫌なものがなければ荷解き手伝いますよ」 「紫音、どういうつもりだ」 「暫く俺もここに住もうかなーって」 「何言ってるんだよ」 「いいでしょう?」 「よくない」 「でも俺もう決めたから。ハル先輩が何て言っても、出ていかない」 「だめだ」 「言ったでしょ。何言っても聞きません」 「紫音、どうして!俺の事、軽蔑した筈だろ…」 「やっぱり。やっぱりハル先輩は俺に嫌われたがってるんだ。その為にあんな事言ったんでしょ?」 「違う!してたのだって、嘘じゃないんだから!」 「分かってますよ。だから俺がここに住むんです。あ、一応言っておきますけど、俺ハル先輩といても死んだり病気になったりはしませんから、安心して」 「…意味がわかんねえよ」 「ですよね。そんな理由じゃない事は分かってたんですけど、一応ね」 「いや、そっちじゃなくて…」 「俺が泊まる理由?あいつから…秋良から守る為。ハル先輩、ヤりたくてヤってる訳じゃないよね?」 「…ヤりたくて、ヤってるって、言っただろ!」 「もう信じない」 「本当だ!俺、凄く淫乱で、変態なんだ。あいつに抱かれて喜んでるんだ!」 「知ってるよ。ハル先輩がエロくて可愛いのも、快感に弱いのも。でも、俺はそんなハル先輩が好きだから問題ないよ。だけど、後半は信じない。俺以外にヤられて、喜んでる筈ない」 「喜んでる!喜んでるよ!俺は…!」 ハル先輩が必死にそう言うから、痛々しくてもう黙らせたくて、抱き寄せてキスをした。ハル先輩は一瞬ピタリと動きを止めて、その後顔を背けた。 「ハル先輩、俺と寝ようか」 「何言って…」 「セックスって、気持ちいいですよね。多分誰とやっても大抵気持ちいいんだと思うよ。でも、それって喜びじゃない。身体合わせて、一つになって、幸せだって感じるのが喜びだ。それは、本当に好きな相手とのセックスじゃないと得られない物だ」 「……」 「俺がセックスで幸せとか喜びを感じられるのは、ハル先輩だけだよ」 「……」 「ハル先輩がそう思うのも、俺だけでしょう?」 「……」 「愛してるよ」 もう一度身体を抱き寄せて、口付けをした。ハル先輩はまた顔を背けて、「離せ」と言った。 「ハル先輩いつでも抱いていいって言ってたでしょ?」 こんな言い方はずるいと思ったし、もしも本気でハル先輩が嫌がってるなら抱くつもりなんて毛頭ないけど、そうじゃないと思うから。 「でも…こういう意味じゃない」 「じゃあどういう意味?俺はこんな風にしか出来ないよ」 俯き黙りこくったハル先輩の顔を上げて、もう一度キスした。唇だけじゃなくて、額や頬や鼻の先にも啄むように優しくキスをして、ハル先輩から力が抜けてくるのを待ってからその身体を抱き上げた。相変わらず軽い。 「紫音…」 「大丈夫、掴まってて。寝室こっち?」 奥の部屋は6畳程の寝室で、ベッドしか置かれていなかった。段ボールは、全部あっちの部屋に置きっ放しらしい。 ハル先輩の身体をそっとベッドに下ろすと、優しく横たえる様に押し倒した。素直に俺の動きに従ってくれるハル先輩が可愛いくて、また顔や首筋に沢山キスをした。 「ハル先輩、可愛いね。本当に可愛い」 思っていたことを口に出すと、ハル先輩は恥ずかしそうに視線を下げて頬を染めた。 やっぱり変わってない。ハル先輩は、全然何にも変わってない。 もっと色んな所にキスがしたくてTシャツを捲ると、鎖骨に赤い痕があった。キスマークじゃない。点々と横並びに上下並んでついているその痕は…歯形だ。 「痛かったですね…」 こんな事するなんて…。ハル先輩の綺麗な身体に傷をつけるなんて信じられない。綺麗過ぎて俺はキスマークをつけることすら躊躇うというのに。 確かな情事の痕跡を見せつけられてヤキモチを妬かない筈はなく、悔しくて怒れて仕方ないけど、それよりもこんな事されたハル先輩に優しくしたかった。 その痕にキスをすると、ハル先輩はびくりと身動ぎした。 顔を上げてハル先輩を見たら、ハル先輩は凄く不安そうに俺を見ていた。 「大丈夫。俺は痛いことしないから」 そう言うと、ハル先輩はばつが悪そうに視線を逸らした。まだ不安そうな表情は崩れないから、不安なのはそういう理由じゃなかったのかもしれない。 それでもともかく優しく優しくキスを繰り返していると少しだけその表情が和らいでほっとした。 そうして、俺はこれまでの中で一番優しく、慈しむ様にハル先輩を抱いた。 気持ちよくなるのが目的じゃなくて、愛している事を伝える為に、沢山その言葉を口にしながら。 ハル先輩はずっと何も言わなかったけど、挿入する時に「ゴムつけて」とだけ言った。言われた通り段ボールの中から探し出して、それから一つになったけど、抽送を繰り返す内に、本来濡れる筈のないそこから濡れた音がし出して、俺はようやくハル先輩がゴムをつけてと言う様になった理由が分かった。 腹が立ったし、悲しくもなったが、それでも俺はハル先輩を優しく抱いた。 俺はどうやら、ハル先輩がハル先輩である以上、何をされても赦せてしまうらしい。だからと言って他の男と寝るのを許すという訳では勿論ないのだが、ハル先輩がハル先輩であるということは、『浮気』を望んでいないと言うことだ。無理矢理、若しくはやむ終えずしている事で嫌いになったりは到底出来ないから、許せなくても赦すしかないのだ。 「久しぶりにハル先輩抱けて、俺幸せだった」 それに、物凄く気持ちよかった。 本音を言えば、あいつに蹂躙された身体に、俺をもっと深く、激しく刻み付けたかったが、穏やかなセックスだってハル先輩としているというだけで十分過ぎるくらい気持ちよかった。 久々だったせいですぐイってしまったけど、それでもハル先輩をイかせる事もできたから、俺としては心身ともに満たされたセックスだった。 「ハル先輩はどうだった?」 黙りこんでいるハル先輩の顔を覗き込むと、ついさっきまでの情事の余韻で頬を上気させたハル先輩と目が合う。が、あからさまに逸らされてしまった。 俺と寝るのは、あいつとは違った筈だ。俺の事好きなら、その違いは明確に分かった筈。俺はもうハル先輩の気持ちを疑ったりしない。ハル先輩は、俺にゾッコンなのだ。俺がゾッコンなのと同じくらい、愛してくれているのだ。 「……なんで」 「うん?」 「何で紫音は俺を嫌いにならないんだ…。分かっただろ。俺の身体、汚かったろ…」 「あいつに中出しされた事言ってるの?」 「それも、だけど…そういう事してた事自体、普通許せないだろ」 「うん、そうだね、許せない」 「じゃあ何で俺に愛してるとか言うんだよ」 「愛してるからです。ハル先輩があいつと寝ても、どんなに汚されても、それでも好きだからです」 「そんなの…そんなのおかしい。嘘だ。紫音はそんな人間、嫌いって言ったじゃないか」 「嫌いですよ。平気で寝てたらね。でも、ハル先輩は全然平気そうじゃない」 「平気だよ!」 「平気じゃない。じゃあ何で俺に『好きだけど別れよう』って言ったの?そーいう事平気でする人間は、そんな事言わないでどっちとも楽しむんですよ。ハル先輩にはそれが出来なかった。だから、俺と別れようとした」 「………」 「ハル先輩、あいつに何握られてる?」 「…何も」 「教えて下さい。もう何があっても俺がハル先輩から離れないって、分かったでしょ?」 「何もない」 「ハル先輩」 「本当に何もないんだ!何かあればよかった。脅されて、仕方なく寝てるんならよかった。でも、何もないんだよ!紫音は、俺が脅されて、無理矢理されてるって思い込みたいんだろ?でも、違うんだ。違うんだ…」 「分かった。もう分かったよ」 そんな筈ない。何か訳があるに違いない。どういう事なのかちゃんと知りたかったけど、ハル先輩の顔に悲痛の表情が浮かんでいて、これ以上追求する事はできなかった。 俺が俺の役目を果たせばいいのだから、原因究明は急がなくてもいい。この先もうあんな奴にハル先輩を好きにさせたりしない。俺がハル先輩を守る。 ハル先輩が話してくれないなら、あいつに直接聞くまでだ。暫くここに住んでいれば、あいつは間違いなくまたやって来るだろうから。

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