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The truth SIDE 紫音 5
あの男…秋良とは次の日早くも対面できた。
「おかえりー…ってなんで紫音?」
こいつに会ったら、まず一発殴ってやろうと思っていたのに、その出鼻を挫かれた。
予想外だったからだ。
だって、普通思わないだろう。練習を終えてハル先輩家に帰ってきたら、その家でこいつが寛いでいるなんて。
「お前、何で!」
「いやいや、お前こそ何で?ハルに愛想尽かしてねえの?」
「尽かすか!てか何でお前がハル先輩の家にいるんだよ!」
「ハルに合鍵貰ったから」
「は?」
「聞こえなかった?ハルに合鍵貰ったって言ったんだよ」
「あり得ないだろ!ハル先輩がお前に合鍵なんて…!」
「ま、多少強引だったけど、俺がハルの合鍵持ってるってのは事実」
「てめ…ふざけんな!!多少って、多少じゃねえだろ!無理矢理持ってったんだろ!こないだのあれだって…!!」
「何だよ。ハルとエッチしてた事言ってんの?」
臆面もなく当たり前の様に口に出されて、カッと頭に血が上った。
「ちょっ、ちょい待って!顔は殴るなっ!」
胸ぐらを掴んだ所でそう言われたが、そんな言葉でこの勢いが止まる筈もなく、俺の拳は秋良の頬にクリーンヒットした。
「い、痛ぇっ!!顔は殴るなっつっただろ!!」
「女みたいな事言ってんじゃねえ!」
「だって俺明日の撮影どうすりゃいいの…」
そう言えばこいつはモデルとか言っていた。でもそんな事知るか。
「ま、いっか。この傷見て、ハルが俺に同情して許してくれるかもしれねえし」
「許す…ってどういう意味だよ」
「俺ちょっと昨日酷いことしちまったからさ」
「酷いこと…って、やっぱりお前無理矢理!!」
「おいもう殴るなよ!俺もお前も見られる仕事してんだから、わかんだろ?これ以上顔の形変えられると騒ぎになるって。困るのは、俺だけじゃねえだろ!」
本当はこんな奴ボコボコにしてやりたい。けど、こいつの所属先は大手で、うちのオーナーは頭が上がらない様だった。あんまりやって大事になって、チームに迷惑をかける訳にはいかないと、俺の最後の理性が挙げた拳を下ろさせた。
「クソッ!こんなにお前が憎いのに!」
「奇遇だな。俺もお前が消えてくれればいいのにって思ってるぜ」
「俺は消えるつもりなんかねえから。お前が卑怯な手でハル先輩と何回寝たか知らねえけど、ハル先輩の気持ちは俺にある」
「ああそうだな…。でも卑怯な手って失礼だな」
「実際そうだろ!」
「まあ、半分くらいはそうかも。でも、残り半分は進んで俺に抱かれてたぜ」
「そんな筈ないだろ!てめえどんなネタでハル先輩を強請ってんだよ!」
「別に強請ってなんかねえよ。ちょっと強引にしてるだけ。それだけでハルは股開いてくれんの。しかも、感じやすいからヤってる時すげー可愛いのな。もうちょっとで落とせるんじゃねえかって錯覚するくらい…」
「黙れ!」
聞いていられない。少し強引にされただけで股を開く?しかも、可愛く抱かれてるなんて、そんなの本当にハル先輩が望んで抱かれてるみたいじゃないか。
いやそんな筈ない。ハル先輩は、前に痴漢に襲われた時にそうだったみたいに、怖くて抵抗出来なかっただけだ。そうに違いない。こいつは何も知らないから、強引にするってことがハル先輩にとってどういうことなのか分かってないんだ。
でも…こいつにヤられてるのに、俺としてる時みたいな顔を見せるハル先輩を想像すると、胸がムカムカしてとても聞いていられない。
「何だよ。お前が聞いたから答えたんじゃん」
「もういい。合鍵返せ。あと、ハルって呼ぶのやめろ」
「は?何それ。じゃあ俺は椎名って呼ばなきゃいけねえの?」
「いや、てか、ハル先輩の名前もハルってのも、全部お前の口から聞きたくない」
「すげえ独占欲」
「いいから早く合鍵返せ!」
「何でお前に返さなきゃなんねえの?」
「んなの俺がハル先輩の恋人だからに決まってるだろ」
「ハルはお前の事恋人だなんて思ってねえよ?」
「それは…てめえが横槍入れてきたせいだろうが!」
「ちょっと横槍入ったくらいで壊れる関係なら、俺がもっと壊してやるよ」
「ざけんな!お前はハル先輩の事何も知らねえからそんな事が言えるんだ!」
「何も知らないって?ハルの態度見てりゃ、大方予想はつくけど?」
「…何だと?」
「どーせ変態野郎にレイプでもされたんだろ。あいつたまにフラッシュバックしておかしくなるし」
フラッシュバックする…?おかしくなる…?そんなの、俺の前では一度だって起こした事はない。
――ハル先輩がおかしくなったのは、そのせいだったのかもしれない。いや、きっとそうだ。こいつとヤる事は、ハル先輩にとってそれだけ苦痛だったのだ。こいつに抱かれる度に、ハル先輩は……。
「前いたんだよなー。めちゃめちゃヤリマンな女が。そいつもレイプされて、それからおかしくなったって話だったなー。ハルはヤリマンとはちょっと違うけど、根本的には一緒…!!」
目の前の男はまだペラペラと喋り続けていたが、正直何を言っているのか分からない。それくらい我を忘れてカッとなっていて、気がついたらまた殴り付けていた。油断していたらしい秋良の身体は派手に横に倒れた。もしも昨日までの部屋の惨状だったなら、段ボールの山を薙ぎ倒していた所だったろう。
「っにすんだよ!いきなり!!」
「てめえ!分かっててハル先輩を犯してたんだろ!!許せねえ!!ハル先輩がどんな思いでお前と寝てたか分かるか!?どれだけ苦しかったか分かるか!?昔の事を鮮明に思い出させるのが、どれだけ残酷な事か分かるか!?」
「んな事言われても…」
「お前には分からないだろうな!分からないから、ハル先輩のトラウマ利用したり出来るんだ!」
「…じゃあ、他にどんな方法があるってんだよ!ハルはお前の事しか見てねえし、俺の事は完璧拒絶するし!」
「んなの簡単だろ!諦めろよ!普通そうするだろ!」
「じゃあお前はハルに拒絶されたら諦められるのか?自分の行動次第で差し出してくれる身体、みすみす見逃せんのか!?」
ハル先輩に嫌われたら…?拒絶されたら…?
諦め……られない。もしも身体だけ許してくれるなら、それに縋るかもしれない。また自分の事を見てくれる様になる日を願って……。
「またお前と鉢合わせて殴られるのは勘弁だから、鍵は置いてくわ」
カタンと硬質な音がして視線を向けると、テーブルにはシルバーの鍵が置かれていた。秋良は既に立ち上がっていて、玄関を向いている。
「おい待て!ハル先輩にこれ以上付き纏わないって誓うまで帰さない!」
「そんなこと紫音に約束する筋合いはねえ。トラウマ利用したとか何とか言われても、俺とハルには俺たち二人の関係があるんだから、お前に口出しする権利はねえよ!」
「お前のやってることは正攻法じゃねえだろ!」
「正攻法じゃないと落とせないって誰が決めたんだよ」
「開き直るな!」
「もう俺帰る」
「待て!」
「言っておくけど今俺を力ずくで排除したって、どーせまたすぐ俺みたいのが現れるぞ。そしたらまたハルは簡単に股開くぜ。それが嫌なら別れろよ。ハルだっていちいちお前に責められるの辛いんじゃねえの?」
俺は返す言葉を失って、秋良が背を向け部屋を出ていくのを止められなかった。
力ずくで止めるのは簡単だ。ボコボコにして、ハル先輩にもう会わないと口約束させるのも、たぶん簡単だ。
でも、そんな事したって無意味だ。きっとこいつはハル先輩を諦めない。俺が諦められないのと同じくらい…とは思いたくないが、それでもかなりハル先輩に入れ込んでいる。
それに…ハル先輩とこいつの関係がこいつの言う通りだとしたら、正論だ。その通りだ。
ハル先輩にトラウマがある以上、こいつを排除しても、また同じ様な虫が湧く。
それを許す?そんな事出来っこない。でもどうすればいい?どうすればハル先輩はちゃんと自分の事を守れる?
こんなに俺はハル先輩が好きで、ハル先輩も俺が好きなのに、どうして上手くいかないのだろう。一体どうしたらいいのだろう…。
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