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The truth SIDE 紫音 6

「久しぶりにこうして話せて幸せだな」 そう言って柔らかく微笑むのは中谷さんだ。 俺が何故この大事な時期に、ハル先輩を放ってこの人と会っているのかというと、それは昨日秋良を殴ったせいだ。 あいつの傷は事務所にすぐにバレて、しかも俺にやられたと白状したらしいのだ。 いや、あいつの事だ。自ら進んで暴露したに違いない。 その件を「穏便」に済ます為に、俺はオーナーの命令でこの会員制のバーの、しかも地下に作られた個室にいる。 てっきり怖い人達が来る物だと思っていたら、やって来たのは中谷さんで、俺には初め何がなんだか全く分からなかった。 よくよく話を聞いてみると、中谷さんはあの芸能プロの代表の息子という事が分かってようやく中谷さんがここに来た経緯は分かったが、何がしたいのかはさっぱりだった。 本心では謝る気持ちなど毛頭ないが、形式上あいつを殴ったことを謝罪したが、「別にいいですよ」と言われ、あとはニコニコしながら何故かわざわざ俺の隣に座って酒を飲んでいるのだ。 何となく新井田社長を連想させられるので正直少し離れて欲しかったが、今回ばかりは立場の弱い俺には文句は言えなかった。 「あの、俺どうしたらいいですか…?あいつが仕事できない分の損害とか、払えばいいですか?」 本当に「別にいい」のなら、俺を呼び出したりしないだろう。一体何が望みだ? 何にせよとっとと話を終わらせて、早く帰りたい。ハル先輩が心配だ。あいつから合鍵は回収できたけど、学校や家の前で待ち伏せされたりしたら…そう考えると焦燥感に駆られてどうしようもない。本当は学校まで迎えに行く予定だったのに…。 こんな風にまったり飲んでいる暇なんてないのだ、俺には。 「そんな、別に紫音君にお金を要求するつもりはないよ。柚季は新人だし、本人もバイト感覚だから代わりのモデルくらいいくらでも見つかりますから」 「あの、じゃあ俺何で呼ばれたんすかね…?」 「ごめんね、誤解される様な呼び出し方して。紫音君最近疲れてるみたいだから心配で。試合でも笑顔が少ないし…」 「いや、別にそんな事は…」 「椎名先生の事ですか?」 「え…」 「柚季の事殴ったのも、椎名先生の為?」 「えっと…あれ…?」 「今朝も紫音君、椎名先生を学校まで送ったとかで学校中の噂になってましたけど、どうしてですか?椎名先生と、別れたんでしょ?」 中谷さんはいつもの余裕の笑みも何もなく畳み掛ける様に聞いてきた。 俺の頭の中は疑問符だらけだった。 何故秋良とハル先輩の関係をこの人が知っているのか? ハル先輩と付き合っていた事は…まあ隠し通せてたとは思わないので知られていても不思議ではないが、何故ハル先輩と別れた(別れてないけど)事を知っているのか? そして何故この人はこんなに必死になっているのか? 「別れてないですけど」 疑問がありすぎて、何から聞けばいいのか迷った末に出てきた言葉はこれだった。これだけは断固として訂正したい。 「椎名先生からは別れたと聞いてますけど」 「ハル先輩が、あなたにそんな事言ったんですか?」 「ええ。…仲良くさせて貰っているので」 「…そうですか」 ハル先輩が他人に「別れた」とか言っている所を想像するとヘコむ。まるで外堀から埋められてるみたいな気分だ。…周りを全部埋められたって、諦めない自信はあるが。 「忘れられないんですか?」 「忘れるとか、そういう段階じゃないですから。俺は終わらせたつもり全くないですし」 「…何だか許せないな」 「何がですか」 「椎名先生ですよ。紫音君がこんなに思ってるのに、あの人は生徒ともやらしい関係を持って…」 「ちょ、生徒って、何言ってるんですか?」 「黒野颯天。あいつと椎名先生はデキてますよ」 「な、そんな訳ないでしょう!」 「本当ですよ。信じられないなら、見てください、この写真」 手渡されたスマホの画面には、とても信じがたい光景が写っていた。 ハル先輩が、練習着姿の黒野の胸に顔を埋めて抱かれているのだ。 遠くからズームさせて撮ったのか、画像は若干不鮮明だが、髪の色からもこれはハル先輩と黒野に間違いないだろう。 呆然とする俺の手からスマホが取り上げられ、またすぐに渡された画面には、もっと衝撃的な二人の姿が写っていた。キスシーンだ。両手を掴まれている所を見ると、強引にされたのかもしれない。でも、それでも、キスをしている。 一瞬目の前が真っ暗になったのを感じた。 一体何が真実で、何が嘘なのだ。 いや、これはただの事実で、ハル先輩が望んでる訳ではない筈だ。きっとそうだ。でも、もうそう思い込んでも、直接目にしたら心が折れそうだった。 ハル先輩が何も変わってなくても、例え無理矢理されている事だとしても、俺はこれからもこういう事実をつきつけられる度にこんな思いをしなければならないのか…?果たして俺はそれに耐えられるのか…? 『嫌なら別れてやれよ』 秋良が言った言葉が頭の中をグルグル回った。 こんな思いを何度もさせられるくらいなら、あいつの言う通り別れた方がいいのか…?いや、何を考えてるんだ。別れるなんて、ハル先輩のいない人生を歩むなんて、そんな事出来ない。でも、ハル先輩が他の男にいい様にされる事だって、許すことはできない。 それに、ハル先輩だって、俺以外に触られるのは嫌な筈だ。俺と別れたいとか言いながら、本心では別れたくない筈だ。 そうだ。別れるなんて絶対無理だ。俺にとっても、ハル先輩にとっても。だって俺と別れたら、誰がハル先輩のストッパーになってやれる?秋良みたいに、ハル先輩のトラウマ利用して操り人形にしようとする様な奴から、誰が守ってやれるというのだ。 「…俺、決めました」 「忘れる気になれましたか?」 「まさか。ハル先輩を囲います」 「……はい?」 「学校辞めて貰って、俺が一生養います」 そうだ。もうこれしか手がない。前に一瞬考えた事のある座敷牢ルートしか。 だって、ハル先輩が自分の身を守れないなら、俺が守るしかないだろう。不自由はさせない。けじめだってつける。 「紫音君、何言ってるんですか?」 「中谷さん、決心させてくれてありがとうございます。もう俺は迷いません」 「な、何でそうなるんですか!」 「当然でしょう。俺がハル先輩を守らないと」 「あ、あんな人のどこがそんなにいいんですか!ちょっと顔が綺麗なだけの尻軽じゃないですか!」 「は!?ハル先輩の事悪く言うのやめて下さい!」 「だってそうでしょう!」 「違います!ハル先輩は尻軽なんかじゃない!」 「じゃ、じゃあこれ!これを見てくださいよ!」 また渡されたスマホには、今度は全裸のハル先輩が写っていた。場所はラブホ。乱れたベッドのシーツの中に横たわるその姿は、はっとする程艶かしく色っぽかった。 一体これはどういう状況なのかなんて事は考えなくても分かる事で、こんな風にベットを乱した相手は恐らく……いや、間違いなくあいつだろう。 あいつとハル先輩の関係……。知っていたけど、それを実際この目で見たのはかなりの衝撃だった。でも、決心のついた俺は先程よりも少しだけ冷静だった。 「これ、相手は秋良ですか?」 「そうです。あの二人、紫音君に隠れて相当ヤってますよ」 ニヤリと笑う中谷さんにそう言われて、ぶわっと記憶が甦った。あの時、スマホ越しに聞かされたハル先輩の息遣いや、勝ち誇った様な秋良のセリフを……。 ――――だめだ。 またしてもメラメラ燃えてきそうになった感情を必死に押さえ付けたら、俺の中にほんの少し残った冷静な部分が警鐘を鳴らした。 感情的になってはいけない。カッカすると俺はすぐに大事な事を見落としてしまうから―――。 「……こんな写真、どうしてあなたが持ってるんですか?」 気持ちを抑えたら、ごく自然に疑問が沸いてきた。 「あ、いえ、これは、柚季が勝手に送ってきたんです。あいつ、よくするんです。こういうイタズラ」 中谷さんは明らかに慌てているし、何かを取り繕う様におどおどしている。 その姿を見た俺は、ようやく真相の輪郭を見た気がした。 そして、それを理解したと同時に沸々と沸き上がる怒りは、隣に座る男と、自分自身に向いている。

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