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The truth SIDE 春 3

「颯天の高校ここだったんだ」 「見れば分かんだろ!んなことよりしいちゃんに何してんだよ!」 「お前には関係ねえだろ」 「関係あるっつーの!何かしいちゃんに怒鳴ってただろお前!」 「大人どーしの会話だから、ガキなお前には関係ねえの!」 「柚季のどこが大人だよ!」 「煩えなぁもう!ハル、こいつウザいから車乗れよ。ここじゃゆっくり話せないだろ?」 二人のやり取りに呆気に取られていてまた背中に手を回された事に気付かなかった。助手席に誘導されようとして、慌てて腕を振り解いた。 「おいハル、いい加減にしろよ」 「乗らないって言ってるだろ」 「お前…いいのかそんな態度で。俺には手札がある事忘れてねえだろうな」 「………」 これは、きっと紫音の事を言っているのだろう。バラすぞ、と。 「乗れ」 従うしかなかった。自分の事はどうされても、紫音の足を引っ張ることだけは絶対にしたくないから。 「しいちゃん、乗るの嫌なんだろ?従うことないよ」 「おい颯天、余計な口出しすんな」 「黒野、心配かけて悪い。ちょっと喧嘩してただけだから、何でもない」 「そーいうこと。お前みてえなお子ちゃまがしゃしゃり出てくる場面じゃねえの」 柚季に助手席のドアを開けられた。背中を押されなくても、腕を引かれなくても、もう乗るしかないのだ。 乗ってからだって、拒絶する方法はいくらでもある。もし襲われても、絶対に、死に物狂いで抵抗してやる。 憮然とした様子の黒野に心配かけない様に、迷いを見せずに車に乗った。そして、シートに腰を下ろした時、後ろのドアが開く音がした。 「俺も乗ろーっと」 場違いに明るい黒野の声は、車内から聞こえてきた。ついさっきまでムッとしていたのに。 「颯天!お前邪魔!」 「えー。いいじゃん。久々にお兄ちゃんに会ったから、色々お話したいんだよ」 「お兄ちゃん…?」 「そうなんだよしいちゃん。俺と柚季、一応血繋がってんの。異母兄弟。似てないでしょ?俺はイギリス人の母親似だから、似てるのは身長くらいかな」 驚きだ。生粋の東洋人の柚季とハーフの黒野は似ても似つかない。見た目だけじゃなくて、中身だって全然…。 「おいペラペラ勝手に喋ってんじゃねえ!降りろよ!」 「しいちゃんが降りるんなら一緒に降りてやるよ」 「はあ!?」 「黒野、家の人が心配するぞ。帰れ」 「そーいう事!帰れよ」 「大丈夫大丈夫。だって大人で保護者なお兄ちゃんが一緒なんだから、なーんも心配いらないだろ?」 「ふざけんな!」 「いーだろ?それとも二人きりにならないと出来ないようなやらしい事でもするつもり?」 「そ…そんな事しねえよっ!」 「じゃあいーじゃん。二人で話したいなら俺黙ってるし」 「あー!ほんっとうぜえ!」 黒野を降ろすこと諦めたらしい柚季は、乱暴に運転席に乗り込んで車を発進させた。 「おい、黒野を家まで送ってやってくれよ」 黒野がいてくれるのは、正直心強いし、ずっと乗っていて欲しいくらいだ。でも、まるで高校生を夜遊びに付き合わせているみたいで、それはそれで教師という立場からいただけない。 「えー!今柚季と飯食べてくるって家に連絡しちゃったから、もう帰れねえよー」 悪びれもせず、あくまで能天気を装った様な黒野に、柚季は溜め息をついた。 「こいつ、一回言い出したら聞かないから無理だわ」 「そゆこと。なー兄ちゃん、俺腹減ったよ。ファミレス連れてってー」 「きもっ。兄ちゃんとかヤメロ」 「じゃあお兄様」 「うわ、今鳥肌立った」 「俺ハンバーグが食いてえなー」 「このガキ!お前いたら酒も飲めねーじゃん!ファミレスとかだせぇし最悪!」 「何言ってんだよ、柚季だってまだ未成年の癖して」 「未成年…?」 未成年って…まさか柚季が…? 「こいつまだ18だかんね……って、あれ?今日お前誕生日じゃね?」 「そうだよ!今日で19!だからせっかくハルとデートしようと思ってたのに、お前ほんっとに邪魔!!」 18、十八、じゅうはち…。 発言、態度諸々から年下だろうなとは思っていたけれど、まさか未成年だとは思わなかった。 俺は18の未成年と関係を持ってしまっていたのか…。それは例えヤられたとしても俺が悪いんじゃないだろうか。 「お前、なんで誕生日にわざわざこんなことしてるんだよ」 自分の節操のなさにもだが、柚季の行動にも同じくらい呆れて思わず聞いてしまった。誕生日なら、もっと特別な事をすればいいのに…。 「こんなことって何だよ。ハルに会うことが今俺にとって一番重要なんだけど」 「なんで?」 「はあ!?だ、か、ら!好きなの!俺はお前が好きなんだよ!」 「………本気?」 「本気だって!さっきからそう言ってんだろ!」 柚季はいつもの様に乱暴で、俺の常識の範疇にある好きな相手に対する態度とはとても思えなかったが、わざわざ誕生日までふいにしてそんな下らない嘘をつく理由もないなと思った。 「普通こんだけ絡んでこられてたら、分かんだろ!」 「何で俺なんか…」 柚季の前では酷い醜態しか晒していないし、憎まれ口ばかりしか聞いていないのに。俺の一体どこが好きなのだろう…。 分からない。全然思い付かない。 「熱烈な告白の場面失礼しますけど、俺の方が柚季よりも先にしいちゃん好きになったんだけど?」 気付いたら黒野が運転席と助手席の間に身を乗り出していた。 「げ、まじかよ…」 「言っとくけど俺中学の頃からしいちゃんに目つけてたから」 「目つけてたって…」 黒野は俺のバスケに憧れてたって言ってなかったか?そもそも中学生の黒野と面識なんてなかったのに…。 「驚いた?一目惚れって奴。何だあのバスケ上手くて綺麗な人はー!って。中学の頃は憧れの方が強かったんだけど、実際しいちゃんの傍にいたら、どんどんどんどん好きになってっちゃった」 「けっ。お前の気持ちなんて所詮ガキのままごとみたいなもんだろ?俺とは雲泥の差だ」 「どこが?俺の気持ちのどこが柚季に劣ってるって言うんだよ!」 「どーせお前は傍にいるだけで幸せ~とか言って、手も出してねえ…」 「やめろ柚季!」 「てめ、しいちゃんに手ぇ出したのか!?」 慌てて柚季を止めたものの遅かった。柚季が何を言おうとしたか理解してしまったらしい黒野が一層前に身を乗り出した。 「だったら何だよ。俺はガキじゃないんでね。大人の恋愛と駆け引きをしてんだよ」 「最っ低だな!しいちゃんは青木さんが好きなのに!」 「うるせー!んなの俺だって知ってるよ!」 「こんのクソヤリチン野郎!!」 「はあ!?お前だってクソガキの癖にひっきりなしに女取っ替え引っ替えしてんだろーが!」 ……その後はファミレスに着くまでずっと兄弟二人の酷い罵りあいだった。これまでの女性遍歴から、何股したとかヤり捨てしたとか何とかで、とても穏やかな話ではなかったが、自然と身体の力が抜けていくのを感じた。 少なくとも今日は死に物狂いで抵抗しなければならない様な場面はやってきそうにない。

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