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The truth SIDE 春 5
「しいちゃん。柚季のやった事、許さなくていいよ。全部柚季が悪いんだから、きっちり恨んでやっていいからね」
車に乗り込んだ途端、横に座った黒野が言った。また助手席に乗るのは嫌だなと思っていたら、黒野に後部座席に引っ張られたから、運転席の柚季の隣は空だ。
「…そうだな」
おかしな素振りを見せて黒野に心配をかけたくなかったから一応肯定はしてみたけど、柚季を恨むと言われても正直ピンと来なかった。自分の感情が恨むとか怒るとかに結び付かない。紫音の為なら怒れるけど、自分が犯された事も、酷く罵倒された事も、自分がこうだから仕方ないとしか思えないのだ。
「ハル、ごめん。俺本当に反省してる。今日は本気でちゃんと謝って、やり直したいと思ってたんだ」
運転席の柚季はさっきまでの兄弟喧嘩の勢いは何処へやら、しおらしかった。でも…。
「やり直すとか、そういうの無理だ」
「最悪…。颯天のせいでハルから嫌われた」
「何で俺のせい?100パー柚季の自己責任じゃん」
「二人きりなら、もっとちゃんと話せたし、ハルも分かってくれたかもしれねえじゃん!てか、お前のせいでハルに色々知られちまったんだかんな!」
「色々って?これまでの女遍歴?」
「掘り返すな!」
「掘り返したの柚季だし。てか、お前もうしいちゃんと二人きりになるの禁止な」
「は?」
「禁止しなくても拒否られるだろうけど、お前二人になったらさっきみたいに脅したりしそうだから、禁止」
「しねえよそんな事!!」
「信用できませーん」
「人の恋愛邪魔すんなよ!」
「諦めろって」
「諦められねえから、こうしてるんじゃねえか!」
車内でまた言い争いが始まって、平行線の主張が続く中、俺は柚季も黒野もどうしてここまで必死になっているのか疑問だった。
「聞いていいか?」
口を挟むと、二人はぴたっと言い争いをやめて、すぐに「どうした(の)?」と声をユニゾンさせた。
「俺のどこがそんなにいいんだ?」
聞いたら二人とも固まってしまった。聞くべきじゃなかったのか。でも、本当にわからない。性欲処理の道具になるのは分かるが、好きとかそういう風に思われるのは何故なのか。
「なあハル。お前そんなんだから、俺みたいのにつけこまれるんだぞ?」
ようやく口を開いた柚季から言われたのはそんな言葉で、黒野は「柚季がようやく自分が最低だって認めた」と嬉しそうにしていたけど、俺の疑問は全然解決しなかった。
「ハルはもっと自分に自信持てよ」
「自信…?」
「そうだよ。まあその奥ゆかしい所がハルのいい所でもあるんだけど、それにしたってハルは自分の事軽視しすぎてる」
そう言われても…。
「しいちゃんにはいいところいっぱいあるよ?」
「おう。俺が好きなのはなんてったって見た目だな。モロ好み。色白だし、肌綺麗だし、可愛いし、その目の色も髪の色ももうたまんねー」
「俺はねー、やっぱ最初はバスケかな?動きは正確だしクレバーだし技術あるし。パワープレイにスキルと頭脳で立ち向かってる感じがめちゃめちゃ格好よかったんだよなー。それなのに傲ってない感じも好きだな」
「これ言うと身も蓋もないんだけど、ハルの一途な所も好きだぜ?可愛くない所は嫌いだけど、でもあの素っ気なさのせいでどんどん嵌まっちまったのも事実だから、そういうとこも本当は嫌いじゃないのかも」
「しいちゃん部活の時とか結構キリッとしてるけど、笑うと凄く優しくて、ギャップがたまんないんだよな。なんか纏う空気まで変わるっていうか。それに、しいちゃんに『頑張れ』って背中押されたら、俺NBAにも行ける気持ちになんの。力が湧いてくんの」
「…俺も、ハルが応援してくれたらモデルの仕事ちゃんと頑張る…かも」
「あの柚季が?本当かよ?」
「まじで。なんか俺、ハルに相応しい男になりたくなってきた。俺も10年後に迎えに行くかな…」
「パクんな!」
また争う二人を他所に、俺はひとり俯いていた。紫音以外からこんな風に手放しに褒めちぎられるなんて、初めてかもしれない。自分の中にあった負の感情がペラペラと剥がされる様な感覚と恥ずかしさで、頬が熱い。
「もういい」
「しいちゃん?」「ハル?」
「「顔真っ赤!」」
隠してるのに、言うなよ…!
「しいちゃん可愛い!もう、どれだけ箱入り息子なの?何でそんな見た目なのに全然擦れてないの?」
「ハルくらい綺麗だったら男も女も侍らし放題だろうし、これくらいの事言われまくってるだろうにお前本当純粋だよな。まあ、そこが好きなんだけど」
「俺が、純粋…?」
「どう考えてもそうだろ。その辺の中高生よりも擦れてないよな、お前」
柚季が当たり前の様に言う。
俺の事散々ビッチだの淫乱だの言ってた癖に?
「ごめんって。俺が前言ってた事は忘れて。全部嘘だから。ハルは純粋で真っ白。でも、あんまり真っ白過ぎるから、俺みたいのに流されて好きにされちまうんだぜ?なあ、だからさ、ちょっと俺と付き合って、世間を知って、揉まれた方がいいんじゃねえ?」
「おい、どさくさに紛れて何言ってんだよ!」
「じょーだんだよ!…本音だけど」
「…付き合う。俺、柚季と付き合うよ」
「…へ?」「…え?」
一拍置いて振り向いた柚季と隣に座る黒野が間抜けな顔をした。
『真っ白』かどうかは置いておいて、自分が世間知らずのなのも流されやすいのも弱いのも、自覚がある。過去のトラウマいつまでも引き摺って、多分自分は二度と変われないんだって思っていたけど、紫音が酷い裏切りをした俺を見捨てないでくれていて、黒野も柚季もこんな俺を好きだと多分本気で言ってくれているのだ。
変わらなきゃいけない。変わりたい。
自分に価値がないなんて思い込んでるのは、もしかしたら自分だけなのかもしれない。俺は、大事にされているのかな…。そう思わせてくれたのはこの二人と、そして当然紫音で、俺にできるお返しは、自分が変わる事だけしかないと思うのだ。
主に紫音の為に変わりたい。紫音に相応しくないって嘆いてばかりいないで、ちゃんと自分の足で真っ直ぐ立って、紫音に相応しい人間になりたい。
「ハ、ハル本当…?本気で、俺の彼女になってくれんの…?」
信号で止まった瞬間、柚季が振り返ってそう言った。彼女?何で?と思ったけど、自分の言い方が誤解させたのだと思い至った。
「ごめん言い方が悪かった。そういうんじゃなくて、普通に知人として柚季と付き合いたい。世間知らずの俺に、色々教えて欲しい」
そう言うと、柚季はがっくり肩を落とした。
「……何だよそのご褒美みたいな罰ゲームみたいな感じ」
「あははウケる!」
「笑ってんじゃねえ!」
「信号、青んなったよー」
「クソっ!仕方ねーな!付き合ってやるよ!『知人』として!」
ぶっきらぼうに叫んで前を向いた柚季の背中にありがとうと言った。
柚季には結構酷い目に遭わされたけど、多分根っからの悪人ではないのだと知った。
柚季からされたことや言われた言葉は、これまでの酷いものも、今日の本音らしきものも、全て自分が変わろうと思える切っ掛けになった。
自分の弱さやトラウマに直面させられて苦しかったけれど、ほんの少しだけ乗り越えられた様な気がするのだ。
俺の事を好きだと言う柚季と『知人』として付き合いたいなんて、酷な事を言っているのかもしれないが、もしそうだとして、少しくらい仕返ししてやってもいいじゃないかという気持ちもゼロではない辺り、俺も少しだけ揉まれたと思っていいのだろうか。
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