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The truth SIDE 春 6
柚季だけじゃなくて、黒野にもちゃんと話をしなければと思った。
黒野は本当にプラスのエネルギーを沢山持った人間で、俺とは正反対だ。明るく前向きで、自信に満ちていて、自分の力で道を切り開いて行ける人間だ。そう、紫音の様に。
今日だって、俺と柚季の間に黒野が入ってくれたからこうして和解?できたし、そのお陰で少しだけ前を向けたのだ。
「黒野、今日はありがとう」
「いーんだよ。俺はいつでもしいちゃんのヒーローだから」
「黒野には、俺は謝らないといけない」
「何?」
「俺、なんか思わせ振りだったよな。お前の事ちゃんと拒まなかったし…」
「そう?ムードに流されやすいのかなー危なっかしいなーっては思ったけど、結構ちゃんと拒まれてた気もするけど?」
「黒野は、紫音に似てて…」
「そうかな?」
「見た目とかじゃなくて、雰囲気。学生の頃の紫音にそっくりで…流されてしまった」
「なーんだ。俺の魅力じゃなかったの?しいちゃんは俺の事じゃなくて、青木さんを見てた訳だ」
「本当ごめん」
「悔しいなー。じゃあさ、ついでにもっと流されて俺とお付き合いする?」
「ごめん黒野。それはできない」
もう絶対に流されない様にしなければ。俺は、紫音と離れて生活して平気なフリをしていたけど、本当は寂しくて不安で仕方なかったのだ。それはこの先も多分続くし、そんなに簡単に自分を変えられないけど、それでも少しずつでも変えていかなきゃいけない。自分に自信を持てる様。紫音の隣に居られる様。
「うん、しいちゃんちょっと元気出てきたみたい。俺はしいちゃんが元気ならそれでいいや。今はね」
「颯天、お前クセぇ!」
「本気でそう思ってんの!」
「ハル、信じるなよ。こいつ、そんな人間じゃねえから。油断したら、オオカミみたいに襲いかかってくるから!」
「柚季と一緒にすんな!」
「一緒だろ!紳士ぶりやがって!」
ファミレスを出てから、特に打合せもなく柚季は車を出したから、どこに向かっているのだろうとぼんやり考えていたが、大通りを走っていた柚季の車はやがて細い道に入り、見知った道を進んで行った。俺のアパートに向かっている様だ。
「そーいやさ、青木さんも柚季も、なんでしいちゃんの本当の名前呼ばないの?」
「…あ?」
「俺だったら絶対春って呼ぶなー。しいちゃんにダメって言われたから今は呼べないんだけど。名前で呼んでもおかしくない柚季も青木さんも、なんであだ名みたいな呼び方するの?」
「颯天今なんて言った…?しゅん?」
「そうだよ、春…ってあれ?まさか柚季って、しいちゃんの本名も知らないの?ぷぷ…それはもう出会った瞬間から脈なしとしか言いようがない!」
黒野がクスクス笑う中、柚季が「しゅん…?」と何度も呟いて、少ししてから合点がいったらしい柚季が突然怒鳴った。
「お前春って言うのかよ!訂正しろよ~!俺ずっとハルだと思って……。まじへこむ……」
「だってあの時はもう二度と会わないと思ってたから」
「脈なしすぎる…!」
「うるせえ颯天!」
そんなこんなで結構平和な会話をしながら、車は俺のアパートの前に到着した。
「ありがとう、送ってくれて」
「当然だろ」
「黒野の事も、宜しくな」
「本当はその辺に放り投げたいけど、…春がそう言うなら仕方ねぇ」
「頼んだぞ」
「じゃあねしいちゃん、オヤスミ。また明日ね」
ニコニコと笑顔で手を振る黒野と、ちょっと複雑な顔で手を振る柚季は、表情も顔の造りも全然違うのに、初めの印象とは打って変わって何処と無く似ているなと思った。
帰宅した部屋は真っ暗で、紫音はまだ帰ってきていなかった。
俺は今まで逃げてばかりいた。紫音があんなに真摯に俺とやり直そうとしてくれていたのに、話す前から勝手にもう無理だと思い込んで、自分で自分を袋小路に追いやっていた。
紫音と話をしないと。
自分がしてきた事、考えていた事を全てを紫音に話そう。
真実を知ったら、紫音は今度こそ幻滅するかもしれない。それは怖い。怖いけど、知って貰わないと俺は前に進めないし、紫音とだってそうだ。
全てを知られるのはこんなにも怖いのに、話そうと決心した今はどこか清々しい様な気持ちにもなっている。
紫音がどう感じ、どう判断するのか分からないけど、俺はそれを受け止めるしかないのだ。
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