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make up 1
タクシーを降りて肩を撫で下ろしたのは、ハル先輩の部屋に明かりが灯っているのを見たからだ。
急いで階段を駆け上がり、合鍵もあるけれど一応チャイムを鳴らすと、すぐにドアが開かれた。
「おかえり」
そう言ってくれたハル先輩の表情は最近のいつもと比べると格段に柔らかくて、今日の疲れもイライラも、全て吹き飛んでしまうかの様な可愛らしさだった。
「ただいま!」
思わず昔みたいにガバっと抱き締めてしまったけど、ハル先輩は最近よくあったみたいにビクっとしたり、固まったりはしなかった。
ああ、本当に昔に戻ったみたいだ…。
そんな事を噛み締めながら暫く玄関先でハル先輩を堪能していたけれど、俺には言うべき事があったんだと思い出して、部屋に上がり込んだ後にハル先輩の顔を覗き込んだ。
「ハル先輩」
「紫音、ごめん」
「…え」
同じ様にこちらを見つめたハル先輩から、俺が言おうとしていた言葉を言われてフリーズする。
ハル先輩からの『ごめん』は、俺にとってはフラグだったりする。いいことではなく、悪いことの。だから、嫌な予感しかしないのだ。
「紫音、俺、弱くてごめん。しっかりしてなくてごめん。紫音を沢山傷つけて、裏切って、本当ごめん」
「そんなの…俺の方こそ!」
「紫音は何も悪くないじゃないか。俺がいつまでもウジウジしてるから…」
「そんな事ない!ハル先輩が…その…トラウマあるのは仕方ないし!」
「……俺、変わりたくて」
「変わる…?」
「うん。すぐには変われないと思うけど、少しずつでも変えて行きたいんだ。紫音がいなくても、ちゃんとまともな道を歩ける様になりたいんだ」
そんな…そんな…ハル先輩…。
もう迷いはないみたいなさっぱりした顔して俺がいなくても…って、そんな事言うなんて…。
「俺はもう用なし…?」
恐る恐る聞いたら、真面目だったハル先輩はきょとんとした顔になった。
「ハル先輩、やっぱりまだ俺と別れたい…?」
本当は聞くのが恐い。何度別れたいって言われても別れるつもりないけど、でも、今回ハル先輩を深く傷つけてしまったのは元を辿れば俺の責任だった訳で、それなのに別れたくないなんてしがみついていいのだろうかとほんの少しだけ思っている。
そんな自信のなさがまた出てきてしまったから、昨日までの押せ押せな自分ではいられなかった。
でも、ハル先輩はすぐに首を振ってくれた。
「違うよ、そうじゃない。俺は…俺がこんな事言える立場じゃないけど、紫音が俺を見捨てないでいてくれたから俺は今こんな風に思えてるから、その…紫音さえよければ、俺と……やり直して欲しいなんて、勝手な事思ってて…でも…」
ハル先輩の翡翠色の瞳が不安そうに揺れている。
今俺は『別れたい』ではなくて、『やり直したい』と言われたのか?そうだよな…?そうだよな!?
「ハル先輩っ!!!」
俺の行動は猿よりもひねりがないと思うが、でもやっぱり不安そうなハル先輩を放っておけなくて、思い切り抱き締めた。
「やり直したいのは俺だって同じです!ハル先輩はこれまでもこれからも、俺の一番大切なひとなんだから!」
「紫音…ありがとう。でも…」
「でも?」
「俺が何したか、紫音には知って貰わないといけないと思う」
それは……知りたい様な、知りたくない様な…。
「あの、何となく分かってるし、別に無理しなくても…」
「俺は、紫音に知って欲しい。俺が何を考えてたのかとか、どんな酷いことしたのかとか。ちゃんと知った上で、俺との事考えて欲しいんだ」
俺は今更何を聞いたって、ハル先輩を捨てるとかそういう事はあり得ないのに…。
「ハル先輩の話聞く前に、俺も謝らなきゃいけないことがあります」
「…何?」
「今日、全部あいつに…中谷に、聞きました。秋良と出会ったのは、俺のせいだったんですね…」
そう。ずっと疑問だった2人の接点や切っ掛けはあの中谷で、そしてそれは全部俺の責任だったのだ。だから、何をどう詳しく聞かされ様と、ハル先輩が不貞をしたというだけで振るとか嫌いになるとか、そんな事そもそも出来る筈がない。
でも、ハル先輩はまたきょとんとした顔で言った。
「…何で紫音のせい?」
「だって!あいつは最初から俺を狙ってて、それで、腹いせとか、別れさせる為とかで、ハル先輩をあんな目に遭わせたんだ!俺が、あんな奴に近づいたりしたから…!」
「そんなの、全然紫音は悪くないじゃないか」
「そんな事ない。俺の責任だ…」
「そこは…本当に気にしなくていいよ。紫音のせいだなんて、考えた事もないから。でも…ついでだし、俺がずっと気になってた事、聞いてもいいか…?」
「何ですか?何でも聞いてください!」
「その…中谷先生と……何で親しくなったのかな…って」
まさかそんな事を聞かれるとは思っていなくてポカンとしていたら、何を勘違いしたのかハル先輩が居心地悪そうに視線を逸らした。
「ごめん。言いたくないなら、いい」
「いや、いやそうじゃなくて!俺嬉しいんですけど!もしかしてハル先輩、ヤキモチ妬いてくれてたってこと!?そういう事ですよね!?俺、本当に嬉しい!」
「嬉しい…のか?」
「決まってるじゃないですか!ハル先輩そういう素振りあんまり見せてくれないから、特に!」
「そう…なんだ」
ハル先輩はどれだけ自分に自信がないのだろう。あんまり自信を持たれてもっと色んな人間を惹き付ける様になられるのも困るが、俺から愛されている自信くらいは…持って欲しいな。
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