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make up 3

「紫音、俺……紫音のお願いなら何でも聞こうって思ってたけど、それだけはできない」 たっぷり1分くらい黙っていたハル先輩は、凄く言いにくそうに、でもはっきりと言った。 「我が儘でごめん。紫音が俺を心配するのも、辞めて欲しいって思う気持ちも分かるけど、でも、それじゃあ俺はこれまでと変わらない」 「無理して変わらなくてもいいんじゃないですか?」 「うん。……けど、俺はちゃんと立ち直りたい…って思ってる。こんな事になって、紫音に沢山心配かけたのは分かってる。紫音には本当、迷惑しかかけてない…。けど、こうなって、それでも紫音が俺を見捨てないでいてくれたから、だからこそ、俺はこのままじゃだめだって思えたんだ」 「ハル先輩…」 「俺、これまでずっと、劣等感の塊みたいで、紫音が眩しくて、それでも隣にしがみついていたくて必死だった。でも、俺は自分が思ってる程無価値でもないのかな…って、ほんの少し思えたから。今回の事も、変わる為の試練とか、きっかけなのかなとか勝手に…解釈してて…いや、そう思える様になったのもついさっきなんだけど…さ」 ハル先輩は言葉を詰まらせながらも、凄く一生懸命思いを伝えてくれた。俺は…なんか感極まって言葉が出なかったけど、心の中ではウンウンって何度も頷いてたし、この気持ちは表情にも出てると思う。 「俺の事信じられないと思うけど、でも、このままじゃ、紫音に守って貰うばっかりじゃ、ダメだと思うんだ。もっと色んな事知らないといけないと思うし、第一俺自身が変わらないと、また同じ様な事が起こって、紫音を傷つけたり、怒らせたり…沢山してしまいそうで…。すぐには多分変われないから、紫音にはまた心配かけるけど、それでも俺、最低でも紫音以外と…諦めて寝たり…とかはもうしないと思うし、嵌められない様にもっと気を付けるし、本当に我が儘だけど、少しだけ、俺の事信じてくれない…かな…?」 ハル先輩はまだまだ頼りなげで、本当の本心ではやっぱり囲ってしまいたいけれど、愛しのひとにここまで言わせて、それを断るなんて俺に出来る筈もなく…。 「信じるよ、ハル先輩。一人で何でも出来るようになられたら、なんかちょっと寂しいけど、でも、それがハル先輩の願いなら、叶えてあげたい。……思えば、俺が過保護すぎたのかな…。でも、本当に心配で、放っておけなくて。その気持ちは今でも変わらないけど、それでハル先輩が人並みに自分の事敬える様になれるなら、俺も嬉しいし、サポートしたい」 「紫音…」 ハル先輩の瞳が心なしか潤んでいる。俺はもうとことんハル先輩に弱いし甘い。こんな可愛いハル先輩からお願いされて、俺が断れる筈ないじゃないか。 「俺、紫音と離れ離れになって不安だった。誰かに盗られるかもってずっと心配だった。だって紫音は、雲の上の人みたいで…」 「何言ってるの?俺はいつもハル先輩の隣にいたし、ハル先輩の事しか見てなかったよ?それに、ハル先輩だって、俺から見たら女神様みたいにいつも輝いてる。手を伸ばしても、全部は手に入らない存在っていうのかな…。だから、いつまで経っても背伸びして、必死に追いかけちゃうんです」 そう。あの変態にしたって、秋良にしたって、そうだ。一種狂気的なまでに欲してしまうのは、ハル先輩の類稀な美貌と、意思の強さのせいだと思う。 ハル先輩は自分を弱いと思っているみたいだけど、俺はそうは思わないのだ。あの変態に1年以上囲われて、好きにされて、それでも最後まで自分の意思を曲げなかったのは、強いからだと思うのだ。 本当に弱かったら、すぐに屈服して心まで操られていたのだと思うし、あいつだってそうしようと目論んでいた筈だ。 でも、ハル先輩の心は陥落しなかったし、きっとそこが、この人を乱暴なまでに求めてしまう理由なのだ。 「紫音、俺、聞いて欲しい事がもうひとつある」 「うん?なに?」 「黒野の事」 「黒野…」 「俺、黒野から好きだって言われて…何回かキスした」 「あの、実は知ってます。中谷に写真見せられて」 「え…」 「ハル先輩が体育館で黒野と抱き合ってる写真と、キスしてる写真」 「そんなの…」 ハル先輩が絶句して青ざめたから、慌てて言う。 「大丈夫ですよ!データは全部削除させましたから」 「…ごめん。紫音はそれも知ってて…。こんなんで本当にいいの…?」 「ハル先輩が色目使ってたとかなら嫌だけど、キスとかしたのは、何か事情があるんですよね?」 俺はいつからこんなに心が広くなったのだろう。いや、妬いてない訳じゃないし、怒りを感じない訳でもないから、心が広くなった訳ではないか。 ただ俺は、単純な俺なりに狡猾に優先順位を考えているだけだ。ハル先輩と終わらせない為にはどうしたらいいかを考えて、怒りに身を任せるのは適切じゃないと判断してるだけで、秋良や黒野をボコボコにしたい気持ちもあれば、他の男に抱かれたり触られたりしたハル先輩を…滅茶苦茶に犯してよがらせたい気持ちだって満々だ。ただ抑えているだけで。 「事情なんかない。ただ、黒野は紫音に似てて…」 「えっと…それって、どういう意味…?」 「変なんだけど、黒野が一瞬紫音に見えて…。違うって分かってるのに…俺、紫音に会えない寂しさとか不安とかでおかしくて、紫音が足りなくて……」 俺が、足りない―――? 「ハル先輩、キスしていい?」 「え…」 「もう俺、そんな事言われて我慢できないし、黒野とキスされて悔しいしムカつくしなんかもうぐちゃぐちゃ」 本当に頭の中ぐちゃぐちゃで、ハル先輩の肩を掴んで乱暴にキスをした。 俺が足りなくておかしくなってたハル先輩は凄く可愛くて凄く嬉しいけど、でも俺の代わりみたいに黒野にキスを許したハル先輩には腹が立つし、やっぱり囲うしかないじゃないかと思ってしまう。

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