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Realize 1
文明の利器というものは、使うべきなのだ。
誕生日に紫音にプレゼントされた四角い液晶を見ながらそう実感する。
携帯なんて、通話とメールができればそれでいいと思っていたが、スマホというのは、持ってみればかくも便利なものだった。
簡単な調べものはすぐにてきるし、慣れてしまえば文字の入力も格段に早い。
『ハル先輩、今どこ?』
『もう会ってる?』
紫音から立て続けにLINEが届いた。
『まだ。今改札抜けたとこ』
そう送信するとすぐに返信が。
『そっか』
『合流したら連絡する』
そう返信したのに、3分程でまたLINEが届く。
『あいつ、来た?』
相変わらず心配性な紫音に苦笑するけど、俺は心配されても仕方のない事をして、そして心配されても仕方のない相手と、たまにこうして会ったりもしているのだから、紫音の望む通りにすることが俺の義務なのだ。
『まだだよ』と送ろうとした時にちょうど遠目からもわかる長身で顔の小さいモデル体型の男の姿を見つけたから、『今来た』と返事をした。
画面から顔を上げると、眩しいくらい爽やかな笑顔を振り撒きながら柚季が近づいてきた。
「春、お待たせ。今日も綺麗だぜ」
「…そういうのいらない」
周囲の女の子の眼を釘付けにしているこの男は、見た目だけはいいが、俺を道具みたいに扱った癖に俺の事を好きだとか言う変な奴で、軽くてチャラくて、口も悪くて、下ネタとかも下品で、なんていうか、これまで俺の周りにはいなかった人種だ。
俺は、黒野にからかわれる通り「箱入り」だ。
こんなある種異様な見た目でも、苛められることはなかったし、そういった意味では周囲の人間には恵まれていた。
それは、俺が運がよかったとかそういう訳じゃなく、一番見た目の違いに過敏な小学校はそれなりの学校に通わせて貰えたお陰だったのだろうし、それ以降はいつも側にいてくれた紫音が、然り気無く守ってくれていたからだ。
温室で育てて貰った俺は、他人から向けられる悪意にも好意にも、対処が下手くそだ。
だから、柚季みたいな奴はある意味貴重なのだ。
別に口が悪くなりたいとか、下ネタに興味があるとかそうい訳じゃなく、柚季の言い方を借りれば少し『擦れたい』のだ。柚季みたいな軟派な奴と渡り合える様になれば、もう少し堂々と生きていける様な気がする。些細な事に傷つき、暗い記憶を呼び覚ましては苦しむ今のミノムシの様に臆病で繊細な自分自身とは対照的な図太さが欲しいのだ。
紫音は、柚季と付き合う事に当然ながら難色を示していた。俺と柚季の間にあったことを考えれば当然だ。だから、一度自分の思いを話して、それでも紫音が許してくれなければ、柚季との付き合いはなしにしようと思っていた。
だが、紫音は了承してくれた。正確には、一度はダメだと言われたけど、一晩明けてから答えを翻したのだ。
会うのは紫音が休みの日の日中であること。帰宅時間を決めること。長くても半日で帰ること。会っている最中もマメに連絡する事。
等々、他にも細かい条件付きで、まるで小学生とその保護者の様だが、信用して貰っていないと怒るつもりも、反発するつもりもない。そう言われて当然の事を俺はしたし、こんな条件付きでも会うことを許してくれた紫音の懐の広さに感謝したいくらいだ。
「今日どーする?何時まで時間あるんだっけ?」
「2時まで」
「2時って、お前、今12時だぞ?昼飯食ったら終わりじゃん」
「じゃあ、昼食べに行こう?」
「また飯だけかー。だったらカラオケいかね?」
「…暗いところと密室はちょっと」
「んだよそれ。色気ねえなぁ」
これも紫音との約束のうちの一つ。人が沢山いる所でしか、会ってはいけないことになっている。つまり、カラオケもドライブもだめなので、会ってする事と言えば食事くらいのものだ。寧ろ、俺自身がそれを望んでいる。
この「何をするか」というチョイスで、一度だけ失敗した事があるからだ。
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