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Realize 2

柚季とこうして会い始めて間もない頃、プラネタリウムに誘われた。プラネタリウムなんて、小学生の時に学校の行事で行ったきりだったけど、周りには人が沢山いた筈で、NGな場所ではないと思った。 が、浅はかだった。 天体観測が始まってすぐ、柚季に手を握られたのだ。 日曜日だったから、それなりに席は埋まっていたし、二人きりの筈もなかったが、周囲は照明を落とされて映画館よりも更に真っ暗で、周りに人がいても、人の目は全く届かなかった。 自分の想像力の貧困さに呆れながらやんわりと、でもきっぱりと手を振りほどいて、その後は何もなかったけれど、星なんて全く目に入らなかった。 こんな暗くて、しかも星を見るなんていうどう考えてもロマンチックな場所に、自分に好意を寄せている相手と来るべきではなかった。そんなこと、少し考えればわかることなのに…。 柚季には「お前って天然小悪魔だよな」と言われた。 小悪魔というのは、男を手のひらの上で転がして楽しむ女の子という意味だった筈だ。 俺にはそんなつもりはなかったけれど、それでも俺の考えなしの行動を相手はそう受け取るのだ。 これまでだって、自分が気づかないだけできっとそういう事は幾つもあったのだ。 俺は自分に寄せられる好意や悪意に怯える前に、自分の行動を見つめ直さなきゃいけなかったのだ。何で自分ばかりこんな目に遭うのかと悲観する前に、自分の行動を改めるべきだった。 昼食は柚季の知っているホテルのブッフェに行くことになった。 行き先が決まったらすぐ紫音に連絡を入れる。 「まーた紫音?」 行き先を書いただけ。そんなに長くスマホを弄っていたつもりはないが、柚季は唇を尖らせた。 「あいつ独占欲強すぎだよな」 「ただ心配してるだけ」 「うぜえよなあ。俺にも春を独占させろって」 「柚季、言っておくけど俺は…」 「わーかってるよ。お前が俺のこと何とも思ってねえ事も、お前の社会ベンキョーに付き合ってやってるって事も。要するに利用されてんだろー、俺って」 利用……。そう言われればそうなのかもしれない。いつも会おうと声をかけてくるのは柚季の方だけど、利害が一致してるとは……思えない。俺は柚季から得るものがあるけれど、柚季にはそれはない。 「ごめん…」 「しおらしいこと。悪いと思ってるならさー、俺のお願い聞いて?」 「うん、何?」 「キスして」 「……え」 「キスしてよ。ほっぺとかダメだかんな。ちゃんと唇にさ、できればディープなやつ」 柚季が当たり前の事みたいに言うから、俺はいつもみたいにあしらう事も出来ず、言葉が出なかった。 そんなお願いはとても聞けないけれど、でもやっぱり俺は何らかの対価を柚季に払わなければならないのではないだろうか。キスとかそういうの以外で、俺にできる事って、何だろう…。 「ぷっ…くく…」 暫く考え込んでいたら、隣で柚季が吹き出した。びっくりして顔を見上げたら、柚季はまだ可笑しそうに笑っている。 「春まだまだダメだなぁ。これくらいでそんな動揺してちゃ、お前またつけこまれんぞ?」 「……本気じゃなかったのか?」 「キスして欲しいのは嘘じゃねえよ?」 柚季はニヤニヤとても楽しそうだ。 「そういうのはしない」 「わかってるよ。冗談だって。てかさ、本気でしようと思えばお前隙だらけだからいつだってできるぜ」 俺はまだそんなに無防備なのだろうか。隣を歩く柚季との距離は、近くもなく、遠くもなく、普通の友人の距離だと思うのだが、少し離れてみた。 「いや、そういう物理的なもんじゃなくてさ」 「じゃあどういう意味」 「お前まだ自分に自信ないんだろ。そういう所につけこめば、お前の方からキスしてくる様に仕向ける事くらい簡単って意味」 「そんな事、絶対しない」 「どうかな?だってお前俺に利用してるって言われて、『そうかな』とか、『悪いな』って思っちゃったんだろ?」 「普通思うだろ」 「お前は普通じゃねーじゃん」 「え……」 「普通だなんて思って貰っちゃ困るっての。この俺がここまで夢中になってるってのに。それに、言いたかないしムカつくけど、あの青木紫音がお前の相手なんだぜ?それで、何で普通だって思えるんだ?」 「だから…それは俺にもわからない」 俺だって、何で俺なんだろう?っていつも思ってるよ。 柚季は俺の顔をまじまじと見つめて、ため息をついた。 「ほんっとにお前って可愛いな」 「はぁ?」 「もうこれ以上は教えてやんねえ。もし俺が紫音の立場だったらハラハラするけど、そう言えば俺、つけこむ側だったや。お前の守りが鉄壁になったら困るから、もうそのままでいろよ」 「何だよそれ」 「いいからいいから」 「よくないし、それに、なんかバカにされてる気がする」 「してねえよ。そういう所が春の魅力だってこと」 紫音をハラハラさせる所が俺の魅力?そんなの、全然よくないし、そこをどうすれば治せるのかが一番知りたい事なのに、柚季はのらりくらりと俺の追求を交わして、少しも教えてはくれず、そうこうしてる内にホテルに着いて、この件はうやむやにされてしまった。

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