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Realize 4

「そうだな。本当、その通りだと思う」 「な?そうだろ?だからさ、お前は俺に乗り換えてもいいんだぜ?」 「……ん?」 柚季はとびっきり気障っぽく言ったが、話の脈絡が全く読めない。何でここで突然そういう話が出てくる? 俺が首を傾げていると、柚季が続けた。 「これ完全に俺の想像だけど、春は紫音に恩義があるんだろ?」 「うん、沢山あるよ」 「春が紫音を好きになったのって、何で?」 「何でって……理由は沢山あるよ」 そんな事は、普段わざわざ考えてはいないけど、紫音の優しい所とか、真っ直ぐな所とか、太陽みたいに輝いてる所とか、紫音を好きな理由は沢山ある。 「例えば俺はまず容姿から入るタイプだけど、春は?」 「俺は……違うかな」 紫音は容姿に優れている。凄く格好いいし、キリッと整っていて綺麗だ。勿論今はその容姿も含めて紫音が好きだけど、でも、それがきっかけで好きになったのかと言われたら、そうじゃない。 「ふーん。じゃあ、春は紫音のどこにトキメイタわけ?」 「紫音は、俺が一番辛かった時に支えになってくれたから」 あの時紫音がくれた暖かい時間を、俺は生涯忘れる事はないだろう。時が止まればいいなんて、少女漫画染みた事まで考えたのだから。 「やっぱり恩義からじゃん」 「何が?」 「お前が紫音を好きになった理由だよ」 「紫音に恩は沢山あるけど、そればっかりじゃないよ。紫音を心の支えにしてたのだって、俺が勝手にそうしてただけだし…」 「じゃあさ、考えてみろよ。例えば春が昔のままだったとして、紫音に恩もなく、心の支えも必要なかったとしたらさ、それでも紫音を好きになったか?」 「それは……」 あんな事がなかったら、俺は紫音の魅力に気づかなかっただろう。同性に好かれる事を、当時の俺は心底嫌悪していたからだ。それこそ潔癖性で、融通の利かない頭の堅い人間だった。そんな自分が、紫音の気持ちを知ったとしたら、どうしていただろう。あの紫音に対しても、嫌悪感を丸出しにして拒絶していたのだろうか…。 「そうか…」 「だろ?好きになってねえだろ?」 柚季は得意気だった。でも、凄く大切なことに気づかせて貰った俺も、結構得意な顔をしていると思う。 「自分の気持ち誤魔化すなよ」 「誤魔化してなんかない。俺、初めて今の自分に昔の自分よりも好きな部分を見つけたんだ」 「……は?」 「紫音を好きになれた所」 「えーーーっと…」 「そっか。俺、悪い所ばっかじゃなかったんだ」 あの出来事のせいで変わらざるを得なかった今の自分を肯定するのって、もしかしたら初めてなのかもしれない。いつも否定ばっかりしていたから。だから、物凄く晴れ晴れとした気分だ。 「あのさ。俺の言いたかった事はそうじゃねえんだけど……」 一方の柚季は呆れた様な顔をしている。 「なに?」 「もう言っても意味ねえだろ」 「なんだよ?」 「じゃあ結論だけ。義理で紫音と付き合うのはやめて、俺と付き合え」 「義理なんかじゃ…」 「もーいい。わかったわかった。攻め方間違ったわ。結構いい線行ってたと思うんだけどなー。惜しかった…」 柚季はぶつくさ言っているが、つまりこの話は柚季的には口説こうとして始めたものだったらしい。 「柚季って、頭いいよな」 「は?何だよ突然。てか、よくねえよ。高校も底辺だし」 「そういう勉強とかじゃなくて、頭の回転が早いっていうか。なんか、俺の事も全部見透かされてる様な気がするよ」 俺の過去なんて知らない筈なのに、きっと柚季は察してるんだろう。そう言えば黒野も柚季の事をずる賢いと評していたな。 柚季と出会ってすぐの頃なんかは特に、柚季のペースに乗せられて、言いくるめられて、好きにされていた。今こうして柚季が俺のペースに乗ってくれているのは、多分大分手加減してくれている気がする。絶対ないって思ってるけど、柚季がさっき言ったみたいに、「俺からキスをする様に仕向ける」ということだって、あながちハッタリではなくやってのけるのかもしれない。 「どうかね。見透かしてるフリしてるだけかもよ」 「そうだとしても、見当外れな事は言わないし」 「俺は春と違って、色んな事を広く浅くやってきたからな。経験値が違うんだよ。まあ…だから颯天みたいに、誇れる物はまだ何にも持ってないんだけどさ」 いつも自信満々で傲慢な柚季が、初めて頼りなさ気な表情を見せたから、はっとした。 柚季は黒野にコンプレックスを抱いているのかもしれない。直感的にそう思った。 何もかもが完璧な黒野に、一見やさぐれてる柚季。それって、まるで俺自身の内面を写している様だ。 バスケに打ち込んで、何の憂いもなかった、まるで『完璧』だった昔の自分と、バスケを諦め、影を背負った今の自分と。 でも、ちゃんと二人を知れば、どっちが優れているという訳ではない事に気づく。黒野には一つの事を極める事のできる力と才能が。一方柚季は、黒野に比べると真面目でもストイックでもなかったかもしれないが、回り道をした分知識や処世術がある。 黒野の魅力は黒野だけが。柚季の魅力は柚季だけが持っているのだ。 俺だってそうなのかもしれない。 あのせいで失った物はとても多いけれど、今の俺には紫音がいる。それだけでいいじゃないか。幸せじゃないか。 * 食事を終えてホテルを出たのはもう1時半だったから、そのまま駅に向かった。 駅に着くまで柚季とは他愛のない話をしていたけれど、別れる前に、いつも大切なことに気づかせてくれる柚季にちゃんとお礼が言いたかった。 「柚季、いつもありがとう」 柚季は、あんな事した奴だけど、根はいい人間だ。結構酷いことされてそう思ってる俺はお人好しすぎるのかもしれないけど、もういいのだ、あの時の事は。 「何だよ急に。押し倒すぞ」 柚季の頬は心なしか赤い。まるで、照れ隠しでいつもの様に下品な事を言っているみたいに見えた。 「柚季は、俺に会うの辛くない?」 「なんでよ?」 「俺さ、こうして柚季と会うの、初めは少し仕返しのつもりもあって…」 「仕返し?俺と会うのが?」 「うん。本当に俺の事好きなら、気持ちもないのに会うのは柚季にとって辛いだろうから、仕返しになるんじゃないかと思って」 そう言うと、柚季は可笑しそうに笑った。 俺、自意識過剰すぎただろうか。途端に恥ずかしくなって頬が熱い。 「お前ほんっと可愛い奴だな。確かに毎回紫音の元に返すのは辛いってより悔しいけど、春は最終目標だから」 「最終……?」 「そ。今すぐモノにするつもりはないってこと。お前が紫音に夢中な内は、俺も適当に彼女作って遊んで待っててやるから、あんま気にすんな」 「彼女、いるのか?」 「いない訳ねーじゃん。言ったろ?俺、モテるんだって」 「なんだ、そっか」 「がっかりした?」 「ううん。ほっとした」 「んだよそれ。言っとくけど、お前絶対最後には俺に落とされるぞ。そん時はいっぱいヤキモチ妬かせてやっからな。覚悟してろよ」 「黒野も、そんな様な事言ってたな…」 しいちゃんは俺を好きになる、とか何とか、自信たっぷりに。 柚季と黒野は、こういう所がやっぱり兄弟だなあと思う。根拠のない事も自信満々で言える所も、それが様になる所も。 「あんのヤロ!俺がいつも二番煎じみたいじゃねえか!」 黒野に張り合ってムキになる柚季は、いつものおおよそ10代とは思えない傲慢さとは打ってかわって年相応に可愛らしく見えた。 「笑ってんじゃねーぞ!」 「ごめんごめん。あ、そろそろ俺行くな」 電光掲示板を見上げると、乗る予定の電車の改札が既に始まっていた。 「おー。変なのに触られない様に気を付けろよ」 「この時間は空いてるから。それじゃあ…」 「春」 「何?」 「……またな」 「うん。また」 そう答えると柚季が微笑んだから、俺も笑って軽く手を振って改札に向かった。 『これから帰るよ』 俺の家で待っている紫音にLINEを入れる。 今日はこれから紫音と家でゆっくり過ごす予定だ。 ちょうどホームに入ってきた電車に乗り込んだ時、携帯が震えた。 紫音だ。 『DVDいっばい借りておきましたよ』 DVDとは、最近二人で嵌まっているバラエティー番組の事だろう。 用意して待ってくれている紫音を思うと、自然と口元が綻ぶ。 『早く見たい』 それに、紫音にも早く会いたい。 紫音を好きになれて本当によかった。 今の幸せは、あの過去があったからあるものなんだ。あの事以外にも、ひとつでも過去が変わっていれば、今の俺はいなかったかもしれない。 そんな事、とうの昔から知っていた筈なのに、いつしかその事を意識しなくなっていた。 過去を嘆くよりも、今を生きよう。 今の幸せに感謝して、日々を過ごそう。 そう意識していれば、あの出来事を克服できる日がいつか来るかもしれない。 簡単ではなくても、すぐにではなくても、いつか、きっと。 走り出した電車がプラットホームを出ると、春の柔らかな陽光が窓から射した。

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