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a trip 1

地上に降り立ってすぐ、空気が全然違う事を肌で実感した。 「やっぱり涼しいですね!」 「だな。ちょっと寒いくらいだ」 彼氏らしく「これ使えよ」と羽織るものをかしてあげたかったが、生憎俺は何も持ってなかったし、着てもいなかった。尤も、今引いているキャリーケースの中を探せば上着も入っているのだが、俺が漁り出す前にハル先輩がすぐに取り出せる手荷物の中から薄手のカーディガンを引っ張り出した。 「それだけで寒くない?」 「大丈夫。紫音は?何か着なくていいのか?」 「俺は大丈夫。ハル先輩とこうしてここにいられるだけで暖かいですから!」 「……まだ空港に着いただけだけどな」 ハル先輩は朝からずっとハイテンションな俺に若干白い目を向けた。 今日はハル先輩と念願の北海道旅行に来ている。 土日のたった一泊だけの旅行だけど、何よりも嬉しいのは、この旅行がハル先輩から俺へのプレゼントであるという事。 明日は俺の誕生日なのだ。 正月、銀世界のこの地をハル先輩に見せられなかったのは残念だったけれど、6月だって凄くいい季節だ。 何せ東京は今ジメジメとした梅雨。 毎年俺はジメジメした中でひとつ年をとってきたのだが、今年は春の涼しさが未だに残るこの爽やかな気候の北海道で、ハル先輩と二人きりで誕生日を迎えられるのだ。 大好きなハル先輩にこんなに素敵なプレゼントを貰えて、俺はなんて幸福者なのだろうか……。 「紫音、車こっち」 既に歩き始めていたハル先輩に呼ばれて慌てて後を追った。 いかんいかん。 あんまり浮かれてばかりいないで、ちゃんと俺がリードしないとな。 「俺が運転しますからね」 「え……いいのか?」 「当然です!俺に任せてください!」 「ん……じゃあ、任せた」 「はい!」 レンタカー店でありふれたシルバーのコンパクトカーをレンタルして、有名な観光地にある温泉宿に向けてさあ出発! なんだけど………。 「ええ…っと、ドライブにすればいいんでしたよね。D、D、D……」 そう。確か教習所でそう習った筈。 「あ、動いた!」 「大丈夫……?って言っても俺も同じペーパーだけど」 「大丈夫ですよ!俺教習所で上手いって誉められたし!」 俺もハル先輩も車は持っていないから、所謂ペーパードライバーだ。 ハル先輩は、空港から電車を乗り継いで宿泊先まで行く計画を当初たてていたけれど、たった1泊しかできないのだから、移動には極力時間を使いたくないから…とレンタカーでの移動を俺が押し切った。 北海道は広いから、車でも相当走らないといけないけれど、それでも車内では二人きりでリラックスできる。 俺を知ってる人に声をかけられる煩わしさもなければ、人前でいちゃつかせてくれないハル先輩からよそよそしい態度も取られないで済む。 まあ、平たく言えばハル先輩とドライブがしたかっただけなのだが。 免許を取ったきり使っていないので、運転は5、6年ぶりになる筋金入りのペーパーだが、元々の運動神経とか勘の良さのお陰か、高速に入る頃にはアクセルやブレーキの踏み方とかカーブの曲がり方とか、結構堂に入ってきたと思う。 ハル先輩も初めは前のめりで心配そうにしていたけれど、今はシートに背中を預けて外の景色を眺めたりして、リラックスしている様に見える。 「のどかで気持ちいいですね~」 「うん。……さっき、牛が放牧されてた」 「本当ですか!俺も見たかったな」 「言おうと思ったけど、気を散らしちゃうかなと思って」 「チラ見くらい大丈夫ですよ~!」 「紫音は帰りに見ればいいよ」 「帰り?」 「帰りは俺が運転する」 「え?俺ずっと運転手でいいのに」 「だって………」 「俺の運転怖い?」 「そうじゃないけど……明日は紫音の誕生日だろ?そんな日くらい、俺がちゃんとするよ」 「ハル先輩……俺、ハル先輩にそんな事言って貰えて本当に嬉しいです!」 「大袈裟だなぁ」 ハル先輩は呆れた顔で、でもしょうがない奴って感じにクスクス笑った。 俺にとっては何ら大袈裟でもオーバーでもない本心だ。 つい半年程前にハル先輩を失うかもしれない大事件が起きて以降、俺はハル先輩と普通に付き合っていられる事が有り難くて仕方ないのだ。 愛するハル先輩が俺を見てくれている、傍にいてくれている、ただそれだけで本当に幸せなのだ。 それなのに、誕生日にこんな素敵なプレゼントをされてみたら、もう天にも昇る心地になったって仕方ないと思う。 ハル先輩は、相変わらずシャイで俺みたいに言葉に出してはくれないけれど、それでもそんな俺を優しい眼で見つめてくれる。 その眼差しに、沢山の愛がこもっているのだと、俺は勝手に判断して勝手に喜んでいる。 一言で言えば、ハル先輩と仲直りしてから、俺はずっと幸せなのだ。 でも………。 残念ながら全てに不満がないという訳ではない。

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