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a trip 2
「あ」
休憩の為に寄ったパーキングエリアで、カーナビのワンセグに写し出されたCMを見てハル先輩が思わずといった調子で言って、その後すぐにしまったという表情をした。
それを見聞きした俺はというと、たぶん苦虫を噛み潰した様な顔を隠しきれていない。
「最近引っ張りだこですね」
「…だな」
あんまり嫉妬深い所を表に出したくなくて平然を装って言ったが、上手く誤魔化せていないらしい。
わざわざ伺いを立ててくれたハル先輩に、こいつと会うことを許したのは俺だというのに、この顔を見るとあの時の事を思い出してしまう。ハル先輩を奪われた苛立ちとか、悔しさとか、憎しみとか。
女々しいなぁと思いながらも、嘘をつくのが下手な俺の顔はその感情がモロに出てしまうらしい。
「……ごめんなさい、つい」
「いや、俺の方が。せっかく紫音とこうしているのに……」
最近こういう事がよくある。
秋良はテレビCMに出演したのを皮切りにスポンサーが目をつけたのか何なのか知らないがともかく人気が出て、今や出演CMは1本どころではない。1日1回はこいつの顔を目にするというムカつく事態になっている。
忙しくなったおかげか、頻繁だったハル先輩への誘いがここ最近ないのは非常にいいのだが、以前は隠せていた俺の苛立ちとかが、こいつの顔を見る度に沸き起こってしまうのが問題だ。
ハル先輩が実際こいつと会っていた時間は、それ以上に苛つきソワソワしていたが、幸いにもその顔はハル先輩に見られずに済んでいた。
だが、今はこの有り様。
ハル先輩は、秋良との元々の関係にも、未だに繋がっている事に関しても俺に負い目を持っている様だから、秋良の事で俺が苛立つと凄くしおらしくなる。
実際した事はないけど、例えば俺が理不尽に罵倒したりしたとしても、ハル先輩は言い返してこないだろうくらいには、俺に申し訳なさそうにしている。
俺はいつもハル先輩にそういう萎縮した態度を取らせてしまう自分に自己嫌悪して反省もするのだが、自分の根幹の性格ってものはそう簡単には変わらない。
俺は、嫉妬深く、独占欲だって強い。ハル先輩には、ずっと俺の横にいて欲しいし、俺だけを見ていて欲しいのだ。
他の男と……まして寝たことのある男となんて、本当は会って欲しくなんかない。会って欲しくないけど………。
「じゃあ、二人とも悪いってことで」
せっかくの二人きりの旅行だ。秋良のせいで台無しになったら本末転倒。気持ちを押さえて無理矢理笑顔を作って言うと、ハル先輩も同じ様に思ったのか笑顔を見せて小さく「ありがとう」と言った。
ああ可愛い。俺はやっぱりハル先輩の困った顔よりも笑った顔が見たいし、大好きだ。
ハル先輩の可愛い笑顔ひとつで幸せな気分が舞い戻った単細胞な俺は、その後約1時間半のドライブデートを楽しみ、元から予定していた水族館へも順調に到着できそうでいたくご機嫌だ。
ナビのお陰とはいえ、知らない土地で全く迷わず、変な道も通らずに来れたのは、ペーパードライバーだった俺の男の株を少し上げたと思う。
「お疲れさま」
駐車もバッチリ決めた後に、ハル先輩が助手席から労いの言葉をかけてくれた。
運転中ハル先輩は甲斐甲斐しく俺を気遣ってくれた。ペットボトルは蓋を開けて渡してくれたし、ガムはいるか?とか、眠くないか?とか聞いてくれて、飴が欲しいと言うと口まで運んでくれたし、ともかくいつになく俺を甘やかしてくれた。
普段が冷たいとかそういう訳じゃないけど、普段は俺がハル先輩の世話を焼く方が多いから、凄く新鮮で癖になりそうなくらい嬉しかったのだ。
「全然です!もう俺すっかり運転慣れましたから!帰りも俺運転で大丈夫ですよ?」
寧ろそうさせてください。俺を甲斐甲斐しく甘やかしてください。そう思ったがさすがに言えない。
「ううん、俺がする。誕生日くらい紫音にはゆっくりして欲しいし」
「俺その気持ちだけで充分ですよ?寧ろハル先輩には助手席に座ってて欲しいな~なんて…」
「俺も、ちゃんと紫音の役に立ちたいし、頼られたいんだ」
「そっか。じゃあ、お願いします!」
ハル先輩は『紫音なしでも歩ける様になりたい』と言ったあの日から、本当に俺から自立しようと頑張っている。
これまでだって、別に俺に依存し過ぎているという感じでもなかったけれど、ハル先輩的にはそうだったらしい。
俺は昔のハル先輩のままでいいのだが、ハル先輩はこのままじゃダメだと思ったから、俺の腕の中から飛び出して秋良なんかと会っているのだろうし、俺だって過保護すぎたのかもとか色んな反省を経て無理矢理にでもそれを納得したのだ。
……それでも、やっぱり寂しい。親離れを見守る親の心境とでもいうのだろうか。それでハル先輩の心が離れる訳でも会う回数が減った訳でもないのに、俺はとことん独占欲が強いらしい。
ハル先輩の人間関係は全て把握していたいし、俺が大丈夫と認めた奴としか俺抜きで会って欲しくはない。勿論男も女も。
でも、そうやって俺がハル先輩をある意味ずっと囲ってたから、ハル先輩の所謂危機管理能力が育たなかったのだ。
ハル先輩を変な目で見る奴は世の中に沢山いるのに、俺がそうじゃない人間ばかりを周囲に置いたせいで、ハル先輩はイマイチ自分がどんな風に見られているのか分かっていないのだ。
秋良は、ある意味正直な男だ。言動も行動も欲望に忠実で、ハル先輩の警戒心を高めて社会勉強をさせるという意味においては、確かに最適だ。だが、今は羊の皮を被っていても、いつその化けの皮を剥ぐかわからない。それを思うと俺は心配で心配で堪らないのだが、これまで強引にハル先輩の人間関係を制限して回避してきた分のツケが回ってきたのだと思い、耐えている。
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