116 / 236

a trip 4

ハル先輩が鈍感なのは、いい面もあれば悪い面もある。 水族館を回り終えて、ハル先輩が予約してくれた高そうな隠れ家的宿にチェックインして、部屋に案内されてすぐ、ハル先輩がこんな大胆な事を言ったのだ。 「夕食の前に温泉行こっか」 「もちろんいいですよ~……って、え!?そっち!?」 そう。ここは温泉宿だ。でも、露天風呂付きの部屋だったから、大浴場なんていく必要はないと思っていたし、当然ハル先輩もそのつもりと思っていたのだが……。 「あの、温泉って、そこの露天風呂ですよね?」 ハル先輩が向かおうとしていたのは確実に部屋の外だったのだが、そう願って聞いてみた。 「そこの?いや、そうじゃなくて、大きいお風呂」 「いやいやハル先輩。せっかく部屋に温泉ついてるんだし、ここに入りましょう!」 「え。俺、広い風呂に入りたい」 「いやいやいやハル先輩!大浴場はまずいでしょう!」 もう形振り構っていられなくてストレートに言うと、ハル先輩は訳知り顔で深く頷いた。 「俺も最近ようやく色々分かってきたから、紫音の言いたいことはわかる。でも、だから紫音と一緒に来た今、大浴場に行こうって言ってるんだ」 え?何?どういう意味?分かってるって、本当に分かってる?分かってるならなんで俺と大浴場に行こうってことになる?? 「紫音が一緒にいれば、襲われたりしないだろう?」 え……? 「いやいや、確かにそうだけど…!」 「俺、小学生の時変な奴にサウナ室に連れ込まれてから温泉も銭湯も行ったことないんだ。だから、今日入れるの結構楽しみにしてたんだ」 ハル先輩の純粋な眼差しに、思わず行きましょうと言ってしまいたくなる。けど、無理だ。しかも、凄い衝撃的過去をサラリと暴露してるし。もーやっぱり危なっかしい! 連れてってあげたいよ、俺だって。 俺だって、大きいお風呂にハル先輩と入りたいよ。でも、ハル先輩はやはりまだまだ世間知らずだ。ズレている。非常にずれている。多分、本人があまりに純粋が故、汚い大人の男の欲望を想像する事ができないのだろう。 「紫音は、まだ風呂の気分じゃない?」 「いや、そうじゃないけど……」 そうじゃないんだハル先輩。そこのテラスにあるプライベートな露天風呂なら、今すぐに入りたいよ。ハル先輩とキャッキャ言いながら洗いあっこしたり、ちょっとエッチな事したり、凄くエッチな事したり、もう今すぐにでもしたいよ。 「はい」 「え?」 はい、とハル先輩から渡されたのは浴衣だ。よく温泉旅館に置いてある、白地に紺の模様の入った浴衣。 「それが一番大きいのみたい」 「ゆ、浴衣着るんですか!?」 「だって風呂行くときは浴衣着て行くんだろ?俺いつも羨ましいなって見てたから、知ってるぞ」 そう言うと、ハル先輩はするすると服を脱いで………。 「う……ヤバイ」 「紫音?」 混乱と期待と困惑でどうしたらいいか分からなくなってドタバタと洗面室に避難した。浴衣姿のハル先輩は鼻血が出そうな位見たいけど。でも、大浴場行きはどうにかして阻止しないと。そうじゃないと……。 「大丈夫?」 「!」 目の前に現れたのは浴衣姿のハル先輩。 帯の位置は腰で、ちゃんと男らしく着こなしているのに、襟元から覗く鎖骨や胸元の白さとセクシーさと言ったら本気で鼻血が出そうだ。 そうだ。この浴衣って奴は男女兼用なのだ。ハル先輩は身長こそ170以上あるけれど、引き締まっている上に華奢だから正直どっちの性別なのかわからない。その上腕も足も顔も白くてツルツルだから、悪いけれど俺の目には女にしか見えない。 「紫音?」 「だ、大丈夫です」 「なんか調子悪そう。疲れた?ちょっと休憩しようか。風呂は別に夕飯後でもいいし」 「いや、疲れてないし、そういう問題じゃなくて……」 「もしかしてまだ心配してるのか?大丈夫だよ。紫音がついてるし、俺ももう子供じゃないし」 「そうですけど……」 「大丈夫。もし何かあったら、紫音が守ってくれるんだろ?」 「そ、そりゃあ当然守りますとも!」 ハル先輩の目は純粋な光に溢れている。守ってくれるんだろ?なんて言葉、恥ずかしがりのハル先輩から引き出したのは凄い事だ。相当広い温泉に入りたい模様だ。 いよいよ大浴場には行っちゃダメだと言いづらくなってきてしまった。なんか、ここまで純粋な目で見つめられると、反対する方がおかしいような、反対してる時点で自分も汚い変態と同じになった様な、そんな疚しい気分になってきた。 「よし、俺は腹を括りました!行きましょう!!」 「う、うん。大丈夫か?温泉って、そんな気合いがいるのか?」 「ハル先輩を守る為の気合いです!」 「そっか」 決死の覚悟で浴衣に着替える俺を他所にハル先輩はあっけらかんとしたものだ。 これは『分かっている』なんて言っていたが、全然分かってない。自分が狼の群れに飛び込む子羊だなんて、思ってもいない。俺から守って貰わなきゃいけないような場面なんて絶対に起こらないと思っているし、自分がどんな汚い目に晒されるかも全くわかっていない。やはり危機感が足りない。 もうこうなったら心を鬼にして荒療治が必要なのかもしれない。 勿論ハル先輩に指一本触れさせるつもりはないから、実害の心配はないのだが、俺が嫌なのは、心配なのは、ハル先輩がほかの奴にやらしい目で見られる事なのだ。 ハル先輩の裸を見て他の男共がどんな反応をするのか、どんな目で見られるのか、俺には想像に容易いが、ハル先輩はそうでないのだ。 たから、もう身をもって体験させるしか、それしかない。

ともだちにシェアしよう!